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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 ◇◇◇◇ それから一週間、俺たちはせこせこと文芸部の活動を行った。 長門はひたすら本を読み、読み終えた時点であらすじと感想を書く。そして、俺は基盤となるHPを作成しつつ、 そのあらすじ・感想をパソコン上で打ち直し、さらに案の定長門の簡潔すぎるor意味不明文字の羅列になっている感想を 現代人類が読めるようにする要約作業を行った。時間がなかったため、昼休みに集合――もともと長門は昼休みには 文芸部室にいるようになっていたが――し作業を続け、俺にいたっては、もらったHP作成フリーウェアが ある程度HTMLなる言語をかけないと思うように作れないことが発覚したため、とてもじゃないが学校内だけでは 作業が終わりそうになく、コンピ研から借りてきた電話帳50%増量みたいな分厚いHTML・CSS大全という参考書を片手に 自宅のパソコンでも延々と作成作業を続けていた。 今日も俺は昼休みに弁当箱を片手に、文芸部室へ向かおうとしていたんだが、背後から声をかけられて立ち止まる。 見れば、朝倉がいつものクラス委員スマイルで俺を手招きしていた。 俺は急ぐ足をそわそわさせながら、 「何だ? はっきり言っておくと、今めちゃくちゃ忙しいから世間話なら後にしてほしいんだが。 弁当ならさっき長門に渡しただろ?」 「そうじゃなくて一応確認しておきたくて。最近二人ともずっと旧館に閉じこもりっきりだけど、 何かやましいこととかしていないわよね?」 何だ、やましいことって。仮に相手が朝比奈さんなら何かの拍子に俺がケダモノと化ける可能性は0%ではなく、 それを必死に理性で年末ジャンボの一等当選確率よりも低いレベルまで下げることになるだろうが、 相手はあの色気ゼロの長門だぞ。言われるまでそんな考えすらなかったよ。俺が長門にいかがわしいことを する確率なんてインパール作戦が日本軍圧勝で大成功を収めるのより低い。 俺はパタパタと誤解もはなはだしいと手を振りながら、 「そんなんじゃねえよ。ただ文芸部の活動が忙しいだけだ。ちょっとまずいことになっていて、 ひょっとしたら廃部になるかもしれなくてな。すべては一週間後の職員会議で決定されるが、 それまでの間に文芸部らしい活動を見える形でアピールしないとならないんでね」 「ふーん、それでずっと授業中もずっと難しい顔して考え込んでいたのね」 朝倉はふうとため息をつく。何だ、こっそりこっちのことを監視でもしていたのか。それとも相変わらず背後で 爆睡を続けるハルヒの監視のついでに、そんな俺の姿が目に入ったのか。 ふと、俺は長門もまた授業を放棄して文芸部の活動をしているのかと不安になり、 「まさか何か不都合でも起きているのか? 長門がまた授業中もずっと読書していたりとか」 「ううん、それは大丈夫。長門さんは生徒指導以来まじめに授業を受けているわ。休み時間はずっと読書しているみたいだけど」 朝倉の回答に俺はほっと胸をなでおろした。またしても読書狂ぶりが授業放棄という行為を引き起こせば それこそ文芸部の活動に大きくマイナスとなることだろう。岡部の言っていた不良の溜まり場と化している 活動と同じ扱いをされるかも知れん。 「長門さん、文芸部だけじゃなくてちょっとしたわたしとの約束もあるのよ。でも最近そっちのほうは すっかりやる気をなくしちゃったみたいで、ぜんぜんダメ。はあ、どうしようかしら……」 よくわからんことを言い始める朝倉。約束? インターフェース同士の取り決めでもあるのか? それなら、長門が本来の役割を無視して、文芸部の活動に没頭していることになるが、あいつが数週間程度でそこまで 人間らしくなっているとは思えないな。もっとも、俺としては情報統合思念体の手先・長門有希なんかより 文芸部部長・長門有希の方がずっとしっくりくるんで、それはそれで喜ばしいことなんだが。 いつまでも親玉の操り人形のままっていうのもかわいそうだ。 続けて朝倉は、 「あと涼宮さんのことなんだけど、さすがにそろそろまずいと思うのよ。あなたの方からも何か言ってくれない? 聞いた話だと生徒指導も完全に無視して取り付く島もないらしいわ」 何とかしろといわれても困る。俺が言えることはひとつだけで、それがハルヒってやつだということぐらいだ。 放っておいても生活態度以外――特にテストについては全く問題ないだろうし。 しかし、本当になにやっているんだあいつは。そういや今日は珍しく腹をすかしているようで学食に足を運んでいるが。 そんな突き放した態度に、朝倉はほうっと疲れたようなため息をついて、 「わたしも何度か涼宮さんに言ってみたんだけど、なーんにも答えてくれないのよね。あの調子じゃ クラスのなかで完全に浮いちゃっているし、周りの人たちへの悪影響も出るから何とかしたいと思っているんだけど……」 うつむいたままの朝倉。ハルヒが朝倉を極端に警戒しているのは、情報統合思念体のインターフェースだからだろう。 うかつにしゃべってボロを出せば、冗談抜きでただでは済まない。そういうわけで朝倉がいくら言っても ハルヒがまともに相手にすることは絶対にないと断言できる。 ……そういやハルヒが朝倉を無視するのは俺の世界でも同じだったが、理由はなんだったんだろうな? 元々宇宙人~以外は話しかけるな、無駄だからとか言っていたからか? とにかくだ。 「俺が言ったって無駄だろうよ。あいつは超を何重に付けても足りないほどのマイペース主義者だ。 きっと今は学校以上に大切な何かがあるんだろうが、その内飽きてまた学校に来るようになるだろうよ」 俺がやれやれと首を振りながら言うと、 「だといいんだけど……」 困り顔のままの朝倉。おっとこれ以上議論している暇はないな。 俺は後ずさりするように朝倉から離れつつ、 「悪い。朝倉の気持ちもわからんでもないが、俺は俺でいっぱいいっぱいなんだ。すまんができることはない」 「うん。わかったわ。相談に乗ってくれてありがとう」 朝倉の返事を聞きつつ、俺は文芸部室へと走った。 「わりい、遅くなった」 俺が文芸部室に駆け込むと、すでに弁当を食べ終えて読書モードに突入していた長門がいた。 相変わらずの凄いペースで本のページをめくりまくっている。 この一週間で長門はすでに70冊目を読破していた。このペースならば、後一週間で100冊に到達できるだろう。 しかし、一日五冊以上のペースぐらいで読んでいて、なおかつ内容を全て把握しているんだから恐ろしい。 宇宙人印の記憶の書き込み性能・保持時間はとんでもないレベルだな。 俺はすでに机の上に置かれていた長門のあらすじ・感想メモを片手に持ってきていた弁当を食べつつ、 その内容をチェックしていく。以前とは違い、長門も努力してくれているのか、かなり読みやすいものを 書いてくれるようになってきていた。おかげで俺はそれをパソコンのメモ帳に書き起こす程度の作業しか発生せず、 本筋のHP作成に時間が割けるようになった。 俺は飲み込むように弁当を平らげ――すまんオフクロ――すぐにコンピ研寄贈のパソコンの前に座り、 テキストファイルに作業進捗状況を記した。そして、続いて長門のあらすじ・感想メモをだだだっと ブラインドタッチで打ち込みまくる。やれやれ、すっかりキーボード見なくても文字が打てるようになってしまったな。 ちょうど昨日自宅で作成した部分がそれなりに見栄えのあるものになってきたので、 「おい、ちょっと見てくれないか? 評価を聞いておきたいんだ」 そう言って長門にできあがった部分を見せてみた。 長門はディスプレイをのぞき込んでしばらくトップページとメインである本の紹介部分――ただし実際の感想は まだ載せてなく空っぽの状態だが――を確認していく。 やがて確認し終えたのか、ディスプレイから目を離し、 「問題なと思う。ただ微調整が必要な箇所が見受けられる――」 そう言って長門は人間的視点の癖のような話を交えながら、俺の作成したHPの微調整指示を出してきた。 俺は長門のアドバイスになるほどと頷きつつ、その通りに修正していく。 それを終えてできあがったものは、パーツは何も変わっていないのに、何倍にも見やすくわかりやすいものに 化けていた。何と言うことだ。あれだけの修正でここまで外観が変わるとは。トップページの文芸部という文字や メインコンテンツである『長門有希の100冊』へのリンクも思わず押したくなるような感じがしてくる。 とはいえ完成にはまだほど遠い状態だ。肝心の北高文芸部についての説明もないし、部員や活動内容の紹介もない。 これでは文芸部のHPじゃなくて、長門が立ち上げた個人のHP状態だ。 アドバイスを終えた長門はまた自分の席に戻って読書の再開を――と思いきやこちらに顔を向け、 「問題が発生したことを思い出した」 「ん、なんだ?」 長門が自分から問題発生というなんて珍しい。というかもの凄い問題じゃないかと身震いまでしてくる。 すっと長門は本棚の方を指差し、 「ここに置いてある本で、HPに載せることに対し適切なものは全て読み終えてしまった。図書室も大体同じ状況。 このままでは目標である100冊に到達する前に、枯渇状態に陥ってしまうのは確実」 そう淡々と言う。何と、ついにあるものを読み尽くしてしまったか。いや、実際にはまだまだ本はあるんだが、 変な専門書や参考書ばかりでこんなものの感想・あらすじを載せるのは何か違うだろう。 今までずっとフィクションで固めてきたしな。 さてさて、なら新たな供給源を探さなければならないが…… ――って他にないか。ちょうど明日は土曜日だしな。 俺は長門の方に寄って、 「なら明日市内の図書館に行ってみないか? それなりに大きいところだから、部室や図書室とは比べものにならない量の本があるぞ」 その提案に長門は珍しく即答するように大きく頷いた。そして、その目が期待にてかてか光っているように 見えたのは決して俺の錯覚ではないだろう。 ◇◇◇◇ 翌日。土曜日の午前中に俺たちはいつもの――SOS団の集合場所になっている駅前にやって来ていた。 長門のマンションまで出迎えるかとも思ったが、こっちでの集合の方が効率が良いと長門に言われてここに集合となっている。 俺が予定時刻の15分前に到着してみれば、すでに長門がいつものセーラ服姿で直立不動のまま立っていた。 「すまん、またせちまったか?」 「…………」 俺の問いかけに長門は何も答えない。むしろ、早く図書館とやらに連れて行けというオーラをむんむんと発揮していた。 そんなわけで挨拶や雑談はすっ飛ばしてとっとと目的地に向かうことにする。ここからなら、歩いてそう遠くはない。 十分程度でたどり着けるだろう。 しかし、二人で黙ったまま歩くというのもなんつーか背中がむずむずしてくる気分になるので、 歩きつつ適当な話題を振ってみることにする。 「お前、私服持っていないのか?」 「持っているが、着てくる必要性を感じなかった」 「休みの日に出かけたりしないのか?」 「その必要はない。今日のように必要性が発生した場合以外は外を出歩く意味がないと判断している」 「今、楽しいか?」 「楽しいという意味がわからないが、自らが遂行すべき事項については自分の能力の大半を費やすものを持ち合わせている」 意外と会話が成立してしまったことに驚いてしまった。そういや、俺の世界でもハルヒの不思議探索で 長門と一緒だったときに同じようなことを聞いた憶えがあったが全部無言だったっけな。 そこでふと気がつく。HP作成に夢中で長門の内面的変化までいちいち考察している暇はなかったが、 改めて見てみると、文芸部に入って以降長門は急激に変化を見せているようだ。相変わらずの無口・無表情だが 俺の長門感情探知レーダはばっちりその自己主張や感情表現の激しい変化を捉えていた。 まさか完全に人形状態だったこいつが、この数週間でここまでの変化を遂げるとは。 俺の世界の冬バージョン長門と同じレベルにまで達しているんじゃないか? それはそれでいきなり世界を 改変されてしまいそうで怖いが。 そんなやり取りをしている間に、俺たちは図書館へとたどり着く。この世界でも同じように 駅前再開発で立てられた新築の図書館だ。入ったのはSOS団の活動をさぼったときぐらいだが。 俺たちはそのまま図書館に入っていく。休日ということもあるだろうが、結構多くの人でごった返していた。 机はほとんど埋まり、ソファーも大半が占拠されている状態だ。 その様子を見回しながら、 「さて、じゃあ目的の本探しと行きますか。おもしろそうなやつを片っ端から探して来てくれ。 その間に俺が貸し出しカードを作って持って帰れるように――おい長門?」 俺が今後の予定を説明しているのを全く無視している長門に気がつく。見れば、直立不動のまま 表情こそないがもの凄い今までに感じたことのないすさまじい恍惚としたオーラを噴出させていた。 こんな長門は俺の世界でも見たことないぞ。もしかして本の山に囲まれて酔ってしまったのか? とりあえず二、三度長門の顔の前で手を振ってみるが全く反応なし。ダメだこりゃ。 今、紙パックジュースに突き刺したストローを鼻に突っ込んでも、きっとそのまま飲み干すまでこの状態を続けるぞ。 「おい長門。楽しいのは十分にわかったから、とりあえず今は目的を果たそうぜ。このまま突っ立っていたって仕方がないだろ?」 そう肩を揺さぶってみると、ようやく本世界からご帰還した様子で、辺りをきょろきょろと見回し、 「……内部エラーが多発していた。謝罪する」 そう独り言のようなことを良いながら、ふらふらと本棚の方に向かって歩き出した。あんな状態で大丈夫なのか? とにかく本選びは長門に任せておくしかないから、俺は今の内に貸し出しカードの申請をすませることにする。 近くの受付所に行き、最近読書ブームでも起きているのか数人ならんでいたためその最後尾にならんでいたんだが…… 「……ん?」 思わず驚愕の声を上げた。フロアの少し離れたところをハルヒがづかづかと歩いていくのが目にとまったからだ。 こんなところで何やっているんだあいつ? 受付の方は何やらトラブっているらしく俺の順番が回ってくるのにしばらく時間がかかりそうなため 一旦列から離脱しハルヒの姿を追いかけることにした。いい加減、ここ最近何をやっているのか確認したかったし、 文芸部員という肩書きがすっかりお似合いになってしまった長門だったので忘れかけていたが 仮にも情報統合思念体のインターフェースと一緒に図書館に来ているのだ。注意ぐらいはしておいた方がいい。 俺はハルヒの歩いていった方に向かったが、残念ながらすぐに見失ってしまった。来館している人間も多いし、 こりゃ探すのには一苦労しそうだな。 だが、意外にハルヒの再発見は早かった。本棚の隙間を縫うようにフロアの隅へと移動している。 俺はすぐにその姿を追った。やがて辞典が大量にならび、まるでここだけ閉鎖空間といわんばかりに 人一人いない過疎地域へと入る。明かりもちょうど本棚の陰に隠れてしまい、不気味な雰囲気に包まれていた。 しかし、ここに来てまたしてもハルヒの姿を見失ってしまう。 俺は本棚の間を縫うように歩いて、ハルヒの姿を探したが、 「――ぶっ!」 突然、口を抑えられ本棚の脇に引き込まれてしまった。一瞬、恐怖感で身が岩のように硬直してしまうが、 恐る恐る引き込んだ奴の姿を確認しようと振り返ってみれば、 「……静かにしてなさい」 そこにはハルヒがいた。俺の口を抑え、さらに胸元を腕でがっしりつかんで俺の身体を固定している。 口がふさがっているせいで文句も言えない状態だったが、とにかく黙っているようにと、かなり切羽詰った声を あげてくるのを聞いて抵抗するのを止めた。どうやらハルヒが抱えているという問題が今発生している真っ最中のようだ。 その状態が数分続いたが、やがてハルヒは俺の拘束状態は維持しつつ、本棚の陰から顔を出し周囲の様子を伺い始めた。 すぐに問題なしが確認できたらしくふうっとため息をつくと、ハルヒは俺を解放し、 「全く読書なんてこれっぽっちも興味のなさそうなあんたが、こんなところで何やっているのよ。 こっちもいろいろ大変なんだから図書館にくるならそう言いなさい」 無茶苦茶を言ってきやがった。大体、お前の最近の行動はさっぱり伝えられていないから、 いちいちそんなことを考えていられるか。 「で、いったい何事なんだ。いい加減そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? 今みたいに 一歩間違えば――何があったのか知らんが、そういう事態を回避するためにも情報共有は必要だろ?」 俺の指摘にハルヒはしばらく黙ったまま考え込んでいたが、 「ダメよ。言えないわ。言ったらあんただけじゃなくて学校まで巻き込んじゃう可能性があるから」 「……なんだそりゃ」 ハルヒの言葉に、俺は驚く。うかつに口外すれば、また機関を作った世界のように学校が攻撃に さらされる可能性でもあるというのか。一体、俺の知らないところで何が起こっているんだよ。 おっとだったら今ここに長門をつれてきているのは余計にまずいことになるな。 万一、ハルヒが能力を使わなければならない事態に陥れば、真っ先に情報統合思念体に伝わる可能性がある。 「先に言っておくが、今日は長門――インターフェースといっしょにここにきているんだ。 だから、あまり派手なことは起こさないほうがいいぞ。すぐにばれるだろうからな」 「……あんた、休日にインターフェースと一緒にのこのこデート中ってわけ? 全くいいご身分ね」 むかつく言い方だが、これがハルヒだ。そういやここ一ヶ月近くろくに話もしていなかったから、 ハルヒ節が懐かしく感じてしまうよ。 「でも確かにまずいわね……ここで連中と事を構えるわけには行かないってことか……。場所移動が必要ね」 そうあごに手を当てて思案顔になるハルヒ。 だが、すぐにぴんと指を立てると、 「とにかく! 今あんたとしゃべっていること事態が危ないのよ。とりあえず、あたしは自分の目的に集中したい。 あと、今あたしとここで会ったことは忘れなさい。絶対に誰にも言わないこと。いいわね!」 そう一方的に告げると、ハルヒは図書館の出口へ小走りで向かっていった。何なんだ、一体。 だが、学校が巻き込まれる可能性がある――この言葉だけで、あの機関による大量虐殺の現場が 脳内にフラッシュして思わず俺は目頭を抑えた。ハルヒの抱えている問題が他者――俺にでさえも漏れると 同様の事態が起きるというなら、俺は静観しておいたほうがいい。あんな地獄絵図はもう二度と見たくないからな。 「……どうかしたの?」 突如かけられた声に、俺はうわあと叫びそうになるが、のど元で無理やりそいつを飲み込んだ。 見れば、どこから生えてきたのか、すぐそばに長門の姿がある。その手にはすでに数冊の本が載せられていた。 俺は何とか平静さを保ちつつ、 「ちょっとカードを作るのに時間がかかるみたいなんでな。何か掘り出し物でもないかうろついていたんだよ。 そっちはどうなんだ? 大体選び終わったのか?」 「まだ探索を継続している」 長門はそういうと本を抱えたまま、また本棚の森に入っていった。やれやれ、どうやらハルヒといっしょのところは 見られなかったみたいだな。特にやましいことがあるわけじゃないが、ハルヒが臨戦体制である以上、 その姿を見られないことに越したことはない。 その後、長門は20冊ぐらい集め、俺が作った貸し出しカードでそれらを持ち帰った。 ◇◇◇◇ 運命の職員会議まであと二日と迫った日の放課後。俺たちは最後の追い込み作業に没頭していた。 長門はすでに95冊読破し、俺のHP作成もほとんど完成している。残っているのは、長門が書いたあらすじ・感想を HPのコンテンツにアップしていくだけだ。まだネット上での公開まではしていないが。この調子なら明日には完成となるだろう。 予定よりもせっぱ詰まった状況になってしまい、世間へのアピールはほとんどできなかったが、 岡部経由でこれを教師たちへ示すことはできる。そうすれば、文芸部はきちんとした活動をしているという証明になり、 廃部の話もおじゃんになってくれるはずだ。たった二週間という短い期間だったが、それだけの価値のあるものを作れたと自負している。 とはいえ、ここ最近いろいろありすぎた俺でももうへとへとの状態だ。頭の中は授業内容を格納する領域を 破棄してHTMLの知識で埋めたし、何よりキーボードを延々と打ちまくっているおかげで、腕も痛いし肩もこった。 早いところ終わらして、マッサージか温泉にでも行きたい気分だね。 一方の長門は、全く疲労を感じさせていないどころか読めば読むほど生き生きとしてきているのがはっきりとわかる。 特に好みにあった小説に出会ったときと来たら、顔には出さないが恍惚のオーラを全身から大量放出しているのが はっきりと認識できるほどだ。本当に鼻にストローでも突っ込んでやろうか。いや冗談だけど。 そんなことをつらつらと考えつつ、ひたすらキーボードを打ち続ける。 ふと、ここで意味のわからない表現にぶち当たり、 「おい長門。これはどういう意味なんだ?」 「これは……」 そんな感じで細かい意識あわせをやっているときだった。 ……突然、文芸部室の出入り口の扉がまるでサスペンスかホラー映画のように軋んだ音を立てながら開き始める。 あまりに前触れもなく唐突だったので俺は一瞬ぎょっとしてしまうが、次に登場したものにほっと安堵――はできなかった。 そこから部室内をのぞき込むように仏頂面+半目+ジト目+への文字口と器用な顔を作り上げたハルヒが出現したのだ。 背後から不気味な迫力を持ったオーラ――長門の感情表現とはまた別物――をこちらに流れ込ましてくる。なんなんだ一体。 やがてハルヒはその表情を維持したまま、俺の方に手招きを始めた。どうやら話があるから来いということらしい。 今日も学校に来ていなかったはずだが、放課後になってわざわざセーラ服まで着込んで来たとなるとそれなりの用事だと推測できる。 やれやれ、文芸部存続大作戦の追い込み時期にやっかいごとを増やして欲しくはないんだが…… 「すまんがちょっと行ってくる。今の話の続きは後にして、読書を続けておいてくれ」 「わかった」 そう長門と言葉を交わすと、ハルヒの元へと向かった。 連れて行かれたのは、すっかり秘密の話をする場所になってしまった非常階段の踊り場だ。ここには滅多に人も来ないから ひそひそ話をするにはうってつけだしな。 「で、なんだ用って」 俺の言葉に、ハルヒはむすーっとした表情で腕を組み、 「全く人が必死に戦っていたってのに、まさか文芸部なんていう地味な部活で延々と読書していたとは思わなかったわよ。 少しは人も気持ちも考えて欲しいわね」 「無茶苦茶を言うな。大体お前が何をやっているのかさっぱり教えてくれなかったじゃねえか。 これじゃあ気の使いようもねえよ」 そう俺が抗議の声を上げる。 と、ハルヒはふうっと一息つくと、 「ま、ようやくそんな状態も終わったから良いんだけどね」 そう言って安堵の笑みを浮かべた。自己完結するのは結構だが、協力者である俺にも情報開示を求めたいね。 まあ、文芸部活動に没頭していた俺が言うのもなんだが。 俺はハルヒに視線を向け、 「いい加減、そろそろ何をやっていたのか教えて欲しいんだが」 「あたしにちょっかいかけてきた連中を残らずぶっ潰していたのよ」 その俺の問いかけに、ハルヒは一言だけ返してきた。それだと意味がわからんぞ。どういうことだ? ハルヒは理解できない俺に、憶えていないの?と言いたげな表情を見せつつ、 「前にも言ったけどさ、高校時代になるとどこからか――多分情報統合思念体のインターフェースとかからでしょうけど、 あたしの話を聞きつけた連中がちょっかい出してくるようになるのよ。そいつらを片っ端からたたきつぶしてきたってわけ」 その言葉に、俺はああと思い出した。そういや前にそんな話を聞かされた憶えがある。だが、ここの前の二つの世界―― 機関と未来人のいる世界ではそんなことはなかったが……って、ああそうだったな。 「気がついたわね。ひさびさだったからすっかり忘れていたけど、あんたに超能力者や未来人の存在にについて 教えてもらうまではいつもこんな感じだったのよ。小規模組織があっちこっちに乱立しまくって、あたしにちょっかいかけまくる。 全く鬱陶しくてたまらないわ。これだけでも、古泉くんやみくるちゃんたちの存在がありがたくなるわね」 ハルヒは疲れたというポーズなのか、自分の肩をもみほぐし始める。 俺の世界でも古泉がちらりと水面下では機関は他組織と血で血を洗う殲滅戦をやっていたとか言っていたし、 前回の未来人オンリーの世界では、朝比奈さんの属する未来人連中が自分たちに都合の悪い組織を片っ端から潰して廻っていたようだ。 そのことを考えると、超能力者・未来人の存在はこういった混乱を沈め、力の配分を行える存在と言うことになる。 やはりあの二つは、ハルヒという存在を支える上で絶対になくてはならないんだと再認識させられるな。 「俺に黙っていたのは、万一俺とお前のつながりを知られると、俺が巻き込まれたりするかも知れなかったからなのか?」 「そうよ。あんただけじゃなくて、北高生徒も巻き込まれる可能性があったからできるだけ、周囲との接触を断って あくまでもあたし個人だけで敵と戦っていたのよ。おかげで、向こうもあたしを集中的に狙ってきたわ。 前々回の無差別襲撃の二の舞はごめんだったしね」 図書館で俺が思っていたことと同じことを口にするハルヒ。やっぱり沢山の修羅場を乗り越えたハルヒでも ああいうことは慣れていないようだ。まあ、慣れてしまったら人間終わりだと思うが。 ん、そうなるともうハルヒをつけねらう連中は完全にいなくなったと考えて良いのか? その指摘にハルヒは小難しい顔つきで、 「目立って動く連中は残らず潰したし、当分の間は実力行使ができる組織はないと思って良い。でも、ああいう連中は まるでハエか蚊のように湧いてくるから、その度に対処していかないとならないけどね」 てことは、まだまだそう言った抗争は続くかも知れないって事かよ。たまらんな、そりゃ。 と、ここで文芸部活動の佳境について思い出し、 「現状についてはわかったよ。で、すまんがそろそろ部室に戻って良いか? これでもまじめに文芸部活動を やっていたから戻らないとまずいんだ。こっちも色々あって今が最大の修羅場だからな」 「本題はこれからよ」 ハルヒはそう言って俺の足を止めた。まだ何か言うことがあるのか? 続ける。 「文芸部にいた女の子、あれ情報統合思念体のインターフェースよね? あんたあの子を使って何かやった?」 「やったって何をだよ? 言っておくがやましいことなんて、これっぽっちもないからな」 俺の反応に、ハルヒは心底軽蔑したまなざしを向けてきて、 「なんでいきなりそっちの話になるのよ、このスケベ」 お前の説明不足な言い方だとそう言う意味にしかとれんぞ。もっと詳細かつわかりやすく言ってくれよ。 ハルヒはあごに手を当ててしばし思案してから、 「順を追って話すわ。はっきり言っておくけど、あたしはこの一週間憶えているだけでも三回のミスをやらかしているのよ」 「そりゃいくらお前がいろんな意味でできる人間だからといって、ノーミスで何もかもできるほど万能じゃないのはわかっているぞ」 「そうじゃなくて、致命的なミスってことよ。それこそ情報統合思念体があたしの能力自覚に気が付いても良いようなレベルのね。 でも、見てのとおり情報統合思念体はなんの行動も起こしていない。おかしいと思わない?」 その三回のミスって言うのがどの程度のものなのか具体的に教えてもらえないとわからんが、ハルヒが自分で認識できるほどの ものなら確かに奴らがハルヒが力を自覚しているってことに勘づいてもおかしくなさそうだ。しかし、今俺たちのいる世界は 夕焼けに染まってきている透き通った空が広がっているのを見ればわかるように、通常運行を続けている。確かに妙な話だな。 ハルヒはぐっと顔を俺に近づけてきて、 「でしょ? だから、あんたが一緒にいるインターフェースに何かやらかしてそれを阻止してくれたんじゃないかって思ったのよ。 あの子、どうやらあたしの監視役を負かされているみたいだし。でもその調子じゃ、本当にただ文芸活動をしていただけっぽいわね」 「悪かったな。俺は長門に何か特別なことをやった憶えはねえよ。一緒に本を読んで、文芸部のHP立ち上げに奔走していただけだ」 その俺の返答にハルヒはうーんと首をかしげる。よくわからんが、情報統合思念体が別の何かに没頭して忘れていたんじゃないか? 連中だってずっとハルヒだけを見ている訳じゃないだろ。 「まあその可能性も十分にあるんだけどね……こんなことは今回が初めてだったから、何が違うんだろって考えているのよ。 ひょっとしたら、情報統合思念体を出し抜けるヒントが隠されているかも知れないから」 ハルヒの言うとおりだ。連中の目をごまかせる手段があるなら、利用しない手はない。うまくいけば、この世界でも ずっと平穏無事に生きていけるようになるかも知れないからな。古泉や朝比奈さんがいないのはかなりさびしいが。 ここでもう一度文芸部活動が修羅場なのを思い出した俺は、 「とにかく俺は何もしていない。それは確かだ。で、そろそろ戻らないとならないんだが」 「全くすっかり気分は文芸部員ね。本来の目的を忘れていないでしょうね? まあいいわよ。特に有益な情報はなさそうだし」 腕を組んで呆れるハルヒ。おい、それは前回書道部に没頭しているお前に散々言った言葉だぞ。 そんなことを心の中で愚痴りながら、俺はそそくさと文芸部室へと戻った。 ふと、部室に戻る途中で朝倉に出くわす。見れば旧館から出てきたようだが、こいつなんか部活に入っていたっけ? 朝倉は夕日で赤く染まった顔にいつもの柔らかな笑みを浮かべて、 「あらまだいたんだ。そんなに文芸部って大変なの?」 「もうすぐ廃部かどうかの職員会議があるんでな。それまでに活動を形にして残しておく必要があるんだよ。 今はちょうどその作業の修羅場中って訳だ」 俺の返答に朝倉はふーんとだけ返してくる。 「そういや朝倉は何か部活に入っていたんだっけ? お前こそこんなところで何やっているんだ?」 「ちょっと長門さんに話があったから寄っただけよ。もう帰るわ」 そう言うと、朝倉は早足で昇降口へと向かって言った。長門に用? まさかハルヒが犯したミスってやつの件じゃないだろうな? 一瞬、人類滅亡のスイッチが入ったのではと身震いしたが、そうならとっくに実行に移されているだろうと考え直す。 俺は文芸部室まで戻ると、そこでは相変わらず読書に没頭している長門の姿があった。朝倉との話で何か変わった様子はない。 ただの世間話だったのかも知れないな。明日の弁当のメニュー確認とか。 見れば、ハルヒと話している間に一冊の本を読み終えたらしく、新たなあらすじ・感想メモがパソコンの前に置かれていた。 俺は腕まくりをしつつ、HP作成作業を再開した。 ……後で俺はこの時ハルヒの話に加えて朝倉がなんでわざわざ部室まで足を運んでいたのか、 もっと真剣に考えておけば良かったと散々後悔することになる。 ◇◇◇◇ 「ほーむぺーじ?」 「そうです。俺たち――文芸部が作ってインターネットで公開しているんです」 俺はそういいながら、HPの一部を印刷した紙を岡部に渡す。職員室からインターネットが出来るかどうかわからなかったため、 家でHPを印刷してきたおいたのだ。 文芸部の命運を決める職員会議が明日に迫る中、俺たちはようやくHPの完成にこぎつけていた。 無論、ついさっきインターネット上で公開したばかりなので、カウンターは限りなくゼロに近い状態だが。 あとは岡部経由でこの資料を職員会議で提示し、文芸部の活動実態を示すだけだ。これを見せれば、 どれだけ活動実態があるか、どんなバカが見てもわかるだろう。それを確信できるほどのものを作ったつもりだ。 「なるほど、HPか。考えたな。確かにこれだけのものを公開しているなら文芸部の活動実態は認められるかもしれない」 岡部は俺の渡した資料をぱらぱらとめくりながら言った。 「これだけのものがあれば十分でしょう? もう廃部なんて言わせませんよ」 俺はそう念を押しておく。 岡部はぱんとひざをたたくと、 「よし、お前たちの意欲はよく伝わった。あとは俺が責任を持って職員会議で伝える。ただ、この二週間の間で 先生方の間でもかなり意識が変わっている可能性もあるから、確実なことは言えない。だが、出来る限りの事はするつもりだ」 「よろしくお願いします」 俺が岡部に頭を下げると、長門もそれを真似して小さく数ミリだけ頭を前に倒すしぐさを見せた。 「やれやれ、やっと終わったな。さすがにくたびれたよ」 「…………」 すっかりこった状態が日常化した肩をもみつつ、俺たちは部室へ戻ろうと旧館の階段を歩いていた。 長門も無言・無表情のままだったが、その感情表現オーラは達成感に満ちていた。こいつも何だかんだで、 やり遂げたという実感があるのだろう。 あとは明日の職員会議に賭けるだけだ。きっといい返事が岡部から返ってくる。それだけの苦労はしたつもりだし、 これで結局廃部なんていうオチになったら、教師全員を末代まで恨んでやる。 そんなことを考えながら部室に戻った。机の上に山積みされている本、長門が書き記したメモの束、旧型ながら この二週間フル稼働してくれたパソコン……終わった達成感に身が支配されているためか、それら一つ一つを 見渡していくと思わず目頭が熱くなってしまいそうだった。やれやれ、俺らしくもないな。 その後、俺たちは部室内の片づけを始める。図書室で借りてきたものと、市内の図書館から借りてきたものを 仕分けして返却の準備をしたり、長門が書いたメモをホッチキスで閉じて保存できるようにしたりなどなど。 たまにネット上に上げられている文芸部のHP――特に『長門有希の100冊』のページを見て、ニヤニヤしていたりしたが。 その作業が終わるころにはすっかり日も傾き、部室内は夕日の明かりで真っ赤に染まっていた。 さて、本はぼちぼち返していくとして今日はこれくらいでお開きだな。 「今日はそろそろ帰ろうぜ。すべては明日の朝に決まる。後は腹をくくって待つしかない」 「わかった」 そう長門と言葉を交わすと、俺たちは帰り支度を始めた。 俺は身支度を終えると一足先に部室から出ようとして―― 「待って」 唐突に長門が俺を呼び止めた。振り返れば、帰り支度万全の状態の長門がこちらをじっと見つめている。 そして、こう言った。 「これからわたしの家に来てほしい。話したいことがある」 それを聞いた俺は、いよいよかと覚悟を決めた。おそらく自分が宇宙人であることのカミングアウトだろう。 しかし、なぜこのタイミング? 明日の文芸部の命運が決まった後でもいいと思うが…… ◇◇◇◇ 俺たちは薄暗くなりつつある道をゆっくりと歩いていた。お互いに特に話題を振ることもなく、ただ黙って足を動かしていく。 長門のマンションはすぐ目の前に迫りつつあった。 長門が自らを宇宙人であるということ。 遅かれ早かれ告白される日が来ると思っていた。長門と接触している以上、そう言う流れになるのが自然だからな。 朝比奈さん(大)的に言えば『既定事項です』ってことだ。 だが、どうしてこのタイミングなのだろうか。俺の世界では、長門は俺がハルヒに尋常ならない影響を与えていることを 知らせることと同時に、命を狙われる可能性があるから話したように思える。だが、ここ一ヶ月近く、俺とハルヒは ろくに会話すらしていない。その理由はこないだハルヒから聞いた話で把握済みだが、長門がそんなことを知っているわけもなく。 ただ、ハルヒが一昨日・昨日と普通に学校に来だしてからは、他愛のない会話とかはするようになっているが、 SOS団みたいな強烈極まりないものを作ることに荷担したりはしていない。 とまあ歩きながら考えていたが、やがて思考の袋小路にはまって止めてしまった。どのみちもう少ししたら 長門自身から話されるんだろうから、俺はそれを素直に聞くだけさ。ただし、もちろん俺が長門のトンデモ話を軽々しく 受け入れてしまったら人類滅亡フラグが立ってしまう。古泉・朝倉との同時カミングアウトの時と同じように、 できるだけ一般人かつ初耳で自然な反応をしなければならん。全くクタクタだって言うのに勘弁して欲しいね。 さて、そんなことを考えている間に長門のマンションにたどり着いた。マンション入り口のロックを解除し、 そのまま二人でエレベータに乗る。そうだ、唐突の誘いのはずなのに黙って付いてきているだけなんてであまりに素直すぎるな。 ここらでワンクッション入れておくべきだろう。 「なあ長門。いちいちお前の家まで話さないとならないことってなんだ? 別に部室なら他の誰にも話を聞かれることもないと思うが」 「……不確定要素の発生を避けるため。わたしの家ならば、それが発生する確率は限りなくゼロになる」 長門は淡々と返してきた。ただきっちりと会話が成立していることが、俺の世界、またはこの世界でも初めて長門と 接触したときとは大きな違いだ。当時のあいつなら何も答えることはなかっただろう。 程なくして、目的の階でエレベータが停止し、そこから廊下を伝って長門の部屋708号室にたどり着く。 この世界でも部屋の位置や外観なんかは変わっていないんだな。多分、部屋の中も俺の知っているあの殺風景な―― 「うわっ」 俺は玄関から長門の部屋に上がって、仰天の声を上げてしまった。てっきり何もなくてまるで広めの独房かなにかと間違えそうな 部屋だとすり込まれていたから無理もない。 部屋の中には無造作に床に置かれた本が山々――山脈と言っていい状態になっていた。収納という概念を知らないのか 本棚は一つもなく全てながら読みするベッドの枕元に置かれた漫画の山状態と化している。 これは予想外だった。俺の世界の長門も読書狂だったが、部屋の中にはSOS団結成一周年記念になっても 本がこんな状態で積み上げられてはいなかった。 ふと思う。この長門は文芸部活動ですっかり変わってしまった。もちろん、朝やって来て『ヤッホーエブリバディ?』とか 言い出しているわけではなく、いつもの無表情のままだが感情オーラどころか言葉の出し方も随分変化している。 しかし、それは俺がよく知る長門とはまた別物の文芸少女の姿だった。この一ヶ月ぐらいで長門は、俺の世界の長門を飛び越え 俺の知らない別物になってしまっていたんだ。少々文芸活動に没頭させすぎてしまったか? だが、一方でそれは決して悪いことじゃないはずだ。あの情報統合思念体のインターフェースとしてただ命令通り動く 人形状態ではなくなったと言うことなんだから。ひょっとしたら、朝倉レベルに近づきつつあるのかも知れない。 長門はしばらく俺が座るスペースを確保するべく、てきぱきと本山脈の大移動を行っていたが、やがて部屋の中心部に 平野部を作り出すとそこにちょこんと正座した。俺もそれに倣って、正面にあぐらをかいて座る。 「お茶を出そうと思ったが、この状況ではできなかった」 「ああ、それは別にかまわねえよ」 長門の言葉に、そういや以前の時はひたすらお茶をすすって長門の話を待っていたっけ、と懐かしい気分になる。 さてと。長門の急激な変化は興味深いが、今はこいつの話に集中することにしよう。 おっとただ黙っているのは不自然だな。こっちから話を振るか。 「で、学校ではできない話って言うのはなんなんだ?」 俺の言葉に、長門は色の薄い唇をゆっくりと開いた。 「涼宮ハルヒのこと。それと、わたしのこと。それをあなたに教えておく」 長門のしゃべり方が俺の世界の時と違って滑りが良いのも、文芸部活動の影響だろう。あの時感じたこいつの話し方に対する 不満は今の俺の心に浮かんでこなかった。慣れたって言うのも当然あるだろうが。 長門は続ける。言葉と同時にはき出される感情ははっきりと困ったような、または躊躇しているようなものだと受け取れた、 「うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかも知れない。でも聞いて」 それ以降の話は以前に聞かされたのとほとんど同じだった。 ――涼宮ハルヒと自分は、文字通り純粋な意味で他の大多数の普遍的人間とは異なる存在。 ――この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体。 ――わたしは生み出されてからこの三年間ずっと涼宮ハルヒの監視を行い、入手した情報を情報統合思念体へ報告していた。 ――だが、ここ最近になって無視できないイレギュラー因子が発生した。それがあなた。涼宮ハルヒに多大な影響を与える可能性がある。 正直この話には違和感を憶えた。さっきも言ったが、俺とハルヒはこの一ヶ月ぐらいろくに口も聞いていない。 なのになんでそんな扱いを受けているんだ? だが、途中で話の腰を折るとボロを出しかねないと思った俺は、とりあえず長門のマシンガン説明トークに 耳を傾けて置くことにした。質問は終わってから話が終わってからした方がいい。 情報統合思念体とは。 俺の世界の時と機関を造った世界で朝倉から受けたものと全く変わらない説明が始まる。さすがに三度目となると、 聞き慣れて憶えやすくなっていた。 続いて三年前のハルヒの情報爆発について。そして、ハルヒが情報統合思念体にとって自律進化の可能性を秘めていることについて。 これも以前聞いたものと代わりがない。ただ当時との決定的な差はある。それはこの世界ではその話は ハルヒが仕掛けたディスインフォメーションだったのを知っていることだ。それを話したら長門はどんな顔をするんだろうか。 見てみたい気もするが、そんな個人的願望で世界を滅亡させてしまうわけにも行かない。 ほどなくして話が終わり、長門はビデオの静止ボタンを押したように身じろぎ一つしなくなった。 どうやらこっからは俺のターンのようだな。もちろん、最初に返すのは以前と同じ言葉だ。 「待ってくれ。正直に言おう。さっぱりわからない。SF小説を読みすぎて現実と仮想世界がごっちゃになっていないか?」 せっかくだから+αしておくことにした。そんな回答をする俺に長門は、 「信じて」 そうメガネのレンズを通して真摯なまなざしで言ってきた。その視線には何というか――どうしても 俺に理解させなければならないという意思がひしひしと感じられた。なんなんだろう。どうして俺にそこまで伝えようとする? まあ、はっきり言えば、お前の正体はしっかりと脳内に焼き印のように刻み込まれているから、 わかった信じると答えたくはなるがそうもいかん。全く面倒だな、やれやれ。 「仮にその何とか超生命体……だっけか? それとお前さんがその使い魔みたいな存在であることを信じたとしよう。 何で俺に言うんだ? どうして正体を俺に明かす?」 「あなたは涼宮ハルヒによって選ばれた。無意識・意識的にかかわらず、彼女の情報は周辺環境への 絶対的な情報として環境に及ぼす。あなたが選ばれたのは必ず理由があるはず」 長門の言葉に、俺はせっかくだから確認しておくかと思い、 「念のために――別にお前の話を信じた訳じゃないぞ? 念のためにだ。どうしてハルヒが俺を選んだと判断したんだ? いっちゃなんだが、確かにハルヒとはちょこちょと話をしている。しかし、ここ最近はろくに口もきいていない状態だったんだ。 何しろ、あいつが学校に来ないんだからな。仲良くしようもないさ。その間にこっそり会っていたとかもない。 こっちは文芸部活動でいっぱいいっぱいだったんだし。それなのに、どうしてだ?」 俺の質問に、長門は無色透明のガスでも詰まっているんじゃないかと思いたくなるほど透き通った瞳でこちらを見つめ、 「涼宮ハルヒが中学生の時、あなたとは何の接点もなかった。だが、高校入学後あなたと話しているときの涼宮ハルヒは 全く身体的緊張感、及び警戒感を持たずにいる。これは有機生命体のコミュニケーション発展過程に置いて あり得ない事象と考えられる。ならば、涼宮ハルヒの情報操作・構築・創造能力において、あなたが涼宮ハルヒの影響下に 置かれたと考えるしかない」 ……なるほどな。接点がなかったのに、突然あの気難しいハルヒがぺらぺらとしゃべっている相手、 付き合いがあったわけでもないのにそんなことになるのは不自然だ。だからハルヒが俺を選んで何らかの変態パワーで 俺をどうこうしたって考えているわけだな。接点がないのが逆に際だたせてしまうとは、その辺りをもうちょっと ハルヒとどうするか詰めておくべきだったのかも知れない。 実際には、この世界のハルヒとも結構長い付き合いになっているからだったりするだけなんだが。何だかんだで、 俺の世界のハルヒ以上に苦楽を共にしているような気がするし。苦ばっかりだけど。 ってことは――やっぱり俺は命を狙われる可能性があるってことか? 相手はやっぱり朝倉か? 長門はそんな複雑な心境を悟ることもなく、 「情報統合思念体の意識は統一されていない。インターフェースも各意識によって配置されている。中には、涼宮ハルヒへ 直接・間接的なショックを与えて情報変化を観測しようと考えているものもいる。その事実を考えれば、 涼宮ハルヒによって選ばれたあなたは、その手段として利用される恐れがある。仲間のインターフェースより その予兆ともいえる情報因子をすでに取得している」 やっぱりそうなるよな。文芸部活動だけで疲労困憊なのに、朝倉襲撃にも備えないならんのか。ん、ひょっとして 昨日朝倉が長門に会いにきていたのもそれを伝えるためだったのか? さて。こんな話をされたからと言ってホイホイと信じてしまうわけにもいかん。かといってさっさと帰るのも 長門に悪い気がする。ここはフィクション話として少し付き合ってみるか。 「わかった。信じるかどうかは後でゆっくり考えさせてくれないか? 今は文芸部存続で頭がいっぱいだからな。 それが終わってからでも遅くはないだろ?」 俺の言葉に、長門はコクリを頷いた。これでよし。後は適当に信じていないふりをしつつ、情報を聞き出すか。 「でだ。せっかくだから話だけ聞くと結構おもしろいように感じるわけだ。せっかくだからいろいろ教えてもらいたいんだが」 「何でも聞いて」 俺はオホンとわざとらしく咳払いをすると、 「とりあえずお前の役割って言うのはハルヒの監視なんだろ? でもハルヒは最近すっかり姿が見えない状態だったが、 どうやって情報把握をしていたんだ?」 「さっきも言ったとおりインターフェースはわたしだけではない。協力者もいるため、そこから情報がわたしに集められ、 精査後に情報統合思念体へと報告している」 長門の回答に俺は違和感を憶えた。ハルヒがここ最近潰して廻っていた組織とやらは、ハルヒの正体を知っているはずだ。 そうなると、どこからかそれについての情報を得ていなければならないわけで、機関も未来人もいないこの世界だと 唯一の情報入手先は長門たちインターフェースということになる。これについてはハルヒも指摘していたな。 そして、今長門はそいつらを協力者と表現し、ハルヒの情報収集に使っていたと言った。一方でハルヒは 三度致命的なミスとやらかしたと言っていたが、何でその情報が長門に伝わっていないんだ? どこかで止まってでもいるんだろうか。 俺はしばらく考えていたが、ふと部屋の中にもう一人の人間がいることに気が付く。ぎょっとして振り返れば、 あの朝倉涼子が俺たちのすぐ近くに、いつもの柔らかな笑みを浮かべて立っていた。何でこいつがここにいる? いつの間に入ってきたんだ? 朝倉はゆっくりと長門の周囲を歩き始めると、 「でも、その情報のまとめ役である長門さんが全く機能していないのよね。困っちゃう話だわ。あなたもそう思わない?」 よくわからんことを言ってきた。 だが、長門はそんな朝倉の言葉を完全に無視して、 「この状況を作り出した理由について説明を求める。今のあなたからは敵性反応が感じられる」 「あら、エラーに浸食されているのにそんなことはわかるんだ」 そう言いつつ朝倉は長門の背後に立ち、床に正座したままの長門の肩に手をかけると、 「良く自分が涼宮ハルヒの監視者であるなんて言えるわね。この一ヶ月の間、涼宮ハルヒは2978回もの不審な情報操作を 行っているのに、あなたは実に2654回それを放置した。さらに、上の方に報告した分についても95.6%は エラーとバグだらけで報告として全く成り立っていない状態。とてもじゃないけど正常動作しているとは言えないわ」 朝倉の言葉に、俺は言いしれぬ嫌な予感が全身を駆けめぐる。何か――朝倉の笑顔は変わっていないが、明確な敵意を感じる。 それに長門のさっきの言葉だとこいつは何かをしでかしたみたいだが…… 「回答になっていない。あなたはわたしのバックアップ。こちらの指示に従い、明確な回答を求める。 なぜこの部屋を情報統合思念体から遮断し、外部環境から隔離したのか」 長門の声は少し緊張しているように感じた。ちなみに俺はその数百倍はびびっている。なぜかと言えば、 気が付けば俺のいる部屋の窓・扉が全て消え失せ、完全な密室状態になっているからだ。今の長門の言葉を聞く限り、 やったのは朝倉か? 朝倉は長門から手を離し、少し離れた場所に移動した。そして、両手を広げ、 「その通り。わたしはあなたのバックアップ。でもその意味を知っている? 本体が役に立たなくなったときに 代替の役割を果たすものなのよ。だから――」 朝倉の微笑みは変わっていない。なのに、なぜかその時の笑みだけは凶悪にゆがんでいるように見えた。 ――とっさだった。俺は長門に飛びつくと、そのまま脇に抱えて部屋の隅に飛び込むように逃げ出す。 そして、その一瞬後に長門がいたところを無数の光の刃が通り過ぎた。一歩遅ければ、今頃長門の身体は ずたずたにされていただろう。 「――だからわたしはバックアップとして、役立たずのあなたを排除する。そして、以降の涼宮ハルヒの監視の主導は わたしが行うわ。情報統合思念体には長門さんが内部エラー多発で自己崩壊を起こしたと報告しておいてあげる」 続けられた朝倉の言葉に、俺の額から冷や汗が流れ落ちた。おいおい、これはどういうことだ? 朝倉が俺を殺しにかかるならまだわかるが、今は長門を殺そうとしている。しかも、長門がインターフェースとしての 役割を全く果たしていないだと? そうか、だからハルヒの致命的なミスというものも長門の親玉まで情報が行かなかったんだな。 そんな俺の疑問に朝倉が答えるはずもなく、 「わたしは長門さんと違ってただ見ているだけなんていうことはしない。積極的に動くつもりよ。 そうね、せっかくだからあなたにもこの場で死んでもらっちゃおうか? そうしたらきっと涼宮ハルヒは とんでもない情報爆発を起こすはずだしね」 ええい可愛らしい笑顔で物騒なことを言いまくるな。まさか、長門のカミングアウトと朝倉暴走のイベントが同時発生するとは 考えてもいなかったぜ。せめてハルヒにここに来ることぐらい伝えておけば良かった。 だが、そんなことを後悔している場合ではない。朝倉は両腕から無数の光の刃のようなものを発生させ、 一斉にこちらめがけて投げつけてくる。俺は必死に長門を抱きかかえたまま、じたばたとそれから逃げ出し、 ぎりぎりのところで回避する。 俺はじりじりと迫ってくる朝倉に慄きつつ、悲鳴のような声で、 「おい長門! 何とか朝倉に反撃できないのかよ! 俺が逃げ回るのも限界があるぞ!」 「できない」 「なんでだ!?」 「朝倉涼子はこの空間を情報統合思念体との相互通信を出来ないように封鎖している。これではわたしの情報操作能力は 全く使えない状態。さらにこの空間領域は完全に朝倉涼子が制御している。どうすることもできない」 抑揚のかけらもない口調だったが、そのまなざしは謝罪に満ちあふれていた。ちっ、そんな顔で見られると どうにか守ってやりたくなるじゃねえか。 だがどうする!? 「いい加減諦めてよ。どうせ結果は同じなんだからさ」 あの時と同じようなことを言いやがる朝倉。はっ、死ねといわれて死ぬやつがどこの世界にいる。 俺は必死に飛び跳ね、しゃがみ、ある時はスライディングして朝倉の攻撃をかわし続けた。自分でも良くかわしていると ほめてやりたい。だが、俺の世界で朝倉に殺されそうになったときと同じことをされたらもう終わり―― 「最初からこうしておけば良かった」 まさに噂をすれば影。朝倉はその一声で俺と長門の身体を完全に硬直させた。くっそ、指一つ動かせねえ、やっぱりこれは反則だろ。 朝倉は固定されたマネキン状態の方にゆっくりと近づきながら、右手に何かを構築し始めた。光の粒が次第に収束していき、 やがてあのトラウマになりそうな凶悪コンバットナイフへと形作られていく。 「これで惨殺死体にしてあげる。無惨になったあなたの姿を見た涼宮ハルヒはどんな情報爆発を見せてくれるのかしらね。 今からでも期待で胸がいっぱいよ」 人の死を喜ぶようになったらもう人間失格だな――って、こいつは人間じゃなかったか。ちくしょう、どうすればいい!? 俺は必死に脳の回転限界速度で思考を巡らせて何とか出来ないか考えるが、そんなことを朝倉が待ってくれるわけもない。 高々とナイフを掲げると、 「じゃあ死んで」 そう言って一気に俺に向かって飛びかかってきた―― その時。無数のコンクリートの破片が俺に降りかかってくる。それがぶつかる痛みとナイフが俺の身体に突き立てられたものと 勘違いして思わず声を上げた。 「痛ってえな、この野郎! ――あれ?」 叫びの途中で気が付いた。いつの間にやら俺の身体が動くようになっている。俺に抱きかかえられたままの長門も 身体の自由を取り戻しているみたいだった。 そして、眼前に迫っていた朝倉のナイフは俺から数センチのところで停止させられていた。その刃先を誰かが握りしめて、 俺に突き刺さるのを止めてくれたのだ。その人物は―― 「――ハルヒっ!?」 思わず驚愕の声を上げる俺。見れば、朝倉のナイフをしっかりとした格好で見事に受け止めている。力はほとんど互角なのか、 ナイフをつかむ手は微かに震え、たまにこちらに近づこうとしてくるがすぐに押し返した。だが、刃を直につかんでいるため、 それをつかんでいるハルヒの右手からはだらだらと見ているだけで痛くなりそうなほどの出血が起きていた。 学校帰りに俺をつけてきて着替えていないのか、北高のセーラ服の袖が流れる血で赤く染まっていく。 「全く……インターフェースを二人連れ込んで何をやっているのかと見に来てみれば、まさかこんな事態になっているとはね。 でも、外部から入ってくるやつなんていないと考えていたみたいね。こんな隙だらけの封鎖壁なら突入するのは簡単だったわよ」 「ど、どういうこと……!?」 状況が理解できない朝倉は、明らかに動揺していた。そりゃそうだ。情報統合思念体はハルヒは力を自覚していないと 考えているんだからな。それがばりばりの変態超パワーを使って登場したんだからびっくりもするさ。 だが、ほどなくして朝倉は結論を導き出す。 「……そっか。そうだったんだ。あなた、自分の能力を自覚していたのね」 「その通りよ。あんたたちにばれるわけにはいかなかったからずっと隠してきたけどね」 ハルヒはナイフをつかんだまま、朝倉を睨みつけていた。こいつのバカ力でも朝倉のパワーには対抗するのは 厳しいらしい。じりじりとこちらに向かってくるナイフをフェイントをかけるように少しだけ手を動かして、 再度押し戻すという行為を繰り返していた。 ここでハルヒはぐっと朝倉のほうに顔を近づけガンをつけるようににらみを強めながら、 「で、どうする気? 情報封鎖を解いて、あたしが自覚していることをあんたたちのボスに連絡する? できないわよね。そんなことをしたら独断専行で自分の本体を抹殺しようとしたことがばれるんだから」 この指摘に対して、朝倉は余裕の笑みを浮かべたまま、 「大丈夫よ。あなたが力を自覚している以上、情報統合思念体の意思はすべて一つに統一される。すなわち、あなたの抹消。 これはずっと前からの確定事項よ。今更確認や許可を取る必要もないわ」 やっぱりそうなるか。となると朝倉の目的は長門と俺の殺害から、ハルヒの抹殺に変更されことになる。 もちろんそれが完了した後、今度は地球ごと抹消するだろう。 朝倉はここでクスリと笑うと、 「ずっと隠し通してきたのに、何で出てきちゃったのかな? やっぱり彼のことが心配だった? わたしは有機生命体の死の概念はよくわからないけど、やっぱりこの男が大切なのね」 「そんなんじゃないわ」 ハルヒはナイフの刃を握る手を強めると、きっぱり言い放った。 「あたしがここに来たのはあんたを始末する絶好のチャンスだと考えたからよ!」 その言葉と同時に、ナイフの刃がまるでガラスのように木っ端微塵に砕け落ちた。それを見た朝倉は慌てて 後方数メートルの位置へ大ジャンプする。俺が始めて長門と朝倉が本当の人間ではないと認識させられたあの人間離れしたものだ。 すぐにハルヒは俺のそばに立ち、 「いい? 邪魔になるだけだから余計なことはしないで。あいつの相手はあたしがするから」 「おい、大丈夫なのか? 今まで――勝てる見込みはあるのかよ!?」 俺の問いかけ。ハルヒの顔はいつの間にか顔中に浮かび上がってきていた汗が、髪の毛を乱れさせている。 そして、こう言った。 「勝つなんて……今までだって逃げるだけで精一杯だった相手よ」 それを言い終えるや否や、朝倉のほうへもうダッシュをかける。一気に間合いを詰めて、見事な曲線を描いた蹴りを 見舞おうとするが、朝倉はあっさりとまるで発泡スチロール製の棒を受け止めたように右手のひらでそれを受け止めた。 続いてまるで蚊をはたくようにその手のひらを動かすと、ありえない衝撃が起きてハルヒの身体はあさっての方向へ 吹っ飛ばされる。だが朝倉の攻撃はそれでは終わらない。同時にあいていた左腕をかざすと、あの光沢の鋭い槍のようなものを 発生させ、それをハルヒのほうへ投げつけた。 投げつけられた衝撃そのままにハルヒは部屋の壁に激突し、しばらく痛みにこらえていたが、すぐに攻撃第二波に気がつくと、 大きく右腕を振りかざす。ハルヒの目前まで迫っていた光の槍はその一振りで粉砕されたようにさらさらと消え失せた。 今度は自分の番だと考えたのか、再度ハルヒは朝倉に向かって突進を始める。そして、大きく振り上げた拳で 朝倉を殴りつけようとするが―― 「無駄よ。有機生命体の物理接触はわたしには何の意味もないわ。異常な能力を有していても、所詮ベースは有機生命体。 それでわたしに勝てると思っている?」 朝倉の声は全く違う方向から聞こえてきた。瞬間移動でもしたのか、朝倉の姿はさっきまでいた場所から消え失せ、 ハルヒの背後に立っていた。一度殴りかかる体制に入ってしまっていた以上、ハルヒの拳は途中停止することが出来ず そのまま大きく空を切った。もちろん、それを背後からただ見ているだけの朝倉にとって、まさに隙だらけの瞬間だろう。 すっと朝倉が右腕を振り上げると、まるで床から何かが吹き出たような爆発が起き、アッパーでも食らった姿勢で ハルヒは吹っ飛ばされた。衝撃そのままに床に落下して、さらにダメージを増幅させる。 「あら今のにも耐えちゃうんだ? それならこれでどう?」 朝倉の攻撃が続く―― それ以降も、一方的な展開は続いた。朝倉の超宇宙的パワーの連続攻撃にハルヒはなすすべもなくさらされ続け、 すでにセーラ服がずたずたになり、身体中に出来た傷から出血を起こしている。さらに内臓レベルでもダメージが酷いのか、 時折かはっと口内を切っただけではあり得ないほどの量の血を口から吐きだしていた。 一方的すぎる。戦っているのではなく、これでは一方的に虐待されているようなものだ。しかし、朝倉は 別にハルヒをいたぶって遊んでいるようではないらしく、 「やるじゃない。さっきから全て致命傷を負わせているはずなのに、ぎりぎりのところで全部回避しているなんて。 どこでそんな経験と技量を手に入れたのかしらね」 そう言っていつもの柔らかな笑みを浮かべた。口の周りに付いた血を拭いつつ混濁した目になってきているハルヒとは対照的だ。 だが、それでもハルヒはまだ諦めるつもりはないと言いたげに朝倉を激しく睨みつけている。 それもそうか。朝倉にごめんなさいと言っても助けてくれるわけがないからな。まさに純粋な命をかけたやり取りが 目の前に繰り広げられている。 朝倉は右腕を光る凶器に変形させると、横殴りでハルヒの脇腹をえぐる。踏ん張る力もなくなってきたのか、 それをなすがままに受け入れてしまったハルヒは強烈な勢いで壁に叩きつけられる。そして、がくりと床に 膝を付けてしまった。しかし、気力は落ちていないとアピールしているのか、すぐに顔だけは朝倉へにらみを飛ばしている。 「いい加減諦めたら? わたしにはわからないなぁ、どうしてそこまで抵抗するの?」 「黙って殺される奴なんていないわよ……!」 朝倉ののほほんとした言葉に、殺気の篭もった声を返すハルヒ。だが、明らかにその声は普段に比べて、 しゃがれて弱々しくなってしまっている。 「でも、だんだんあなたの戦い方が解析できてきたわ。次で終わりよ」 そう言って今度は両腕を光る凶器へと変貌させた朝倉は、ゆっくりとハルヒ近づいていく。 それに対して、ハルヒはふらつく足を何とか持ち上げるように立ち上がり、次の攻撃に身構える。 その時だった。 「なーんちゃって♪ フェイントよ」 唐突に朝倉は変貌させていた腕を元に戻した。これにハルヒははっと驚愕の表情を浮かべた。 朝倉はさらに近づきながら、 「わたしの攻撃寸前に情報操作でそれを回避している。それがあなたのやり方。でも、ばれたらそこまでね。 あなたの情報操作をわたしので上書いてあげる」 高速に読み取れない言葉が朝倉の口から流れた。 ――その瞬間、目を開けていられないような閃光が俺の視界を覆った。俺は目が焼かれないぎりぎりのところで 目を強くつむり、まぶたの上からですら発光が感じられるそれが過ぎ去るのを待つ。 ほどなくして、俺の視界が暗闇へ戻った。恐る恐る目を開けると、 「ハルヒっ!」 思わず叫ぶ光景が広がっていた。長く伸びた朝倉の腕がハルヒをまるで絞首台のように首をつかんでつり上げている。 ほとんど息が出来ない状態に追い込まれているのか、ハルヒは朝倉の腕を放そうと手でそれを離そうとしている。 だが、朝倉の腕は石化したようにハルヒの喉に食い込んだまま離れる気配すらない。 「あら、身体を粉々に砕くつもりだったのに、またぎりぎりでわたしの情報操作をさらに書き換えたの? 凄いじゃない。 でもこれでも十分だわ。このままあなたをじっくりと絞め殺してあげる♪」 朝倉は珍しく感嘆の声を上げた。一方のハルヒは徐々に酸欠が酷くなってきているのか、顔は赤く染まってきて、 苦しさを紛らわせるためなのか足を激しくばたつかせていた。 このままではハルヒは確実に死んでしまう。俺は思わず長門を抱きかかえたまま立ち上がり、 「止めろ朝倉! 何でこんなことをするんだ!」 俺の叫びに朝倉はやはり表情はやわらかいまま、 「なぜって? 危険だからに決まっているじゃない。それが情報統合思念体の共通意識よ」 「どうして危険なんだ! ハルヒはお前たちに危害を加える意思なんてないんだぞ! 大体今だって お前の方が圧倒的に強いじゃないか! おかしいだろ!」 無我夢中に俺は叫び続けるが、朝倉はあっけらかんと、 「確かに涼宮ハルヒはただの有機生命体にすぎない。わたしたちのように上手く情報操作なんてできないわ。 これだけ抵抗できること自体が驚きよ。でも、そんなことは関係ないの」 ――もうハルヒの顔は赤を越えて、紫色になってきていた。これ以上は耐えられないぞ。 朝倉は続ける。 「情報統合思念体は危険な情報創造能力を有する涼宮ハルヒ、およびそれの影響下にある人間は 決して見過ごすことは出来ない。でも、それを自覚しない限りは危険でもないし、逆に有意義な観測対象になるわ。 できれば、それは避けて欲しい事態だったんだけど、自覚しちゃっていたんだからしょうがないよね」 そう言いながらさらに腕に力を込めて、 「じゃあ死んで」 さらにハルヒの顔色が――直視できないほどゆがむ。 「やめてくれぇっ!」 情けないほどの叫びをあげる俺。 やめてくれ。ハルヒを殺さないでくれ。頼む……頼むから……! ………… 「こういう光景を背後から見ているのって、結構恥ずかしくなるわね」 唐突だった。見れば、朝倉の背後にハルヒが立っていた。もちろん、今にも絞め殺されそうになっているハルヒは そのままの状態である。 これに気が付いた朝倉の表情が驚きに満ちたものへと変貌した。全く予測していなかった――いやしてやられたと 思っているに違いない。ちなみに俺は何が起きたのかさっぱりだ。 すぐに朝倉は肩の力を抜いて動こうとするが―― 「遅いわよ! 情報連結解除開始!」 朝倉に背後に立ったハルヒがぱちんと指を鳴らす。同時に首を絞められていたハルヒがつかんでいた朝倉の腕から 俺の世界で長門が朝倉を始末したときのように、さらさらと粉末状に分解されていった。 「そんな……!」 驚愕と困惑。そんな感情が入り交じった表情で、朝倉は呆然とつぶやく。 やがて、つり上げ状態だったハルヒは拘束状態を解かれそのまま床へと落下する。 朝倉は消えていく自分の身体を見ながら、 「最初からこうするつもりだったのね。ダミーを仕込んでおいて、わたしがその相手をしている間に、 情報連結の解除の準備を進める。その後に、ダミーを介して実行か。やってくれるじゃない。 有機生命体にここまでしてやれるなんてショックだなぁ。あーあ、しょせんわたしはバックアップでしかなかったか」 困ったような顔を浮かべている割には、声に深刻なものを感じなかった。死の概念について理解していないってのは 本当のことなのだろう。 ふと、俺の方に朝倉は振り返ると、 「よかったね、延命できて。でももう遅いわ。涼宮ハルヒの力の自覚は、最優先報告事項。例えわたしを消せても、 そこにいる長門さんが情報封鎖を解除後に、情報統合思念体へ報告する。それであなたたちは終わりよ。 例え長門さんがエラーで報告できなくても、他の対有機生命体コンタクト用インターフェースが報告するだけ。 どうやってもそれから逃れる方法なんてないわ」 あくまでもあのクラス委員スマイルを崩さなかった。そして、最後に一言だけ。 「涼宮さんと残り少ない時間をお幸せに。じゃあね」 そう言い残すと、完全に消え去っていった。 同時に、朝倉の背後に立っていた方のハルヒが消え失せ、さっきまで絞首刑状態だったハルヒの方が 激しく酸素を求めて咳き込み始める。 「おい大丈夫か!?」 俺は一旦長門を降ろすと、かなりダメージの大きいハルヒの元へ駆け寄った。少しでも楽になればと、背中をさすってやる。 どういうことなんだ? さっきの話だと首を絞められていたのは偽物だと思っていたが…… 「途中までホンモノだったわよ……あ、あいつをごまかすためにはあたしなんかが作る偽物じゃ…… すぐにばれる……だけだったから……!」 息切れしながら答えるハルヒに、俺は無理すんなとさらに背中をさすってやる。 何はともあれ危機は脱出できたみたいだ。一時はどうなることかと思ったが、あの朝倉すら撃退してしまうとは 全くハルヒ様々を越えて、崇め讃えたくなるよ。 ハルヒは自らの傷の手当てをすませたのか、ぼろぼろのセーラ服以外の傷を全て治し、すっと立ち上がると、 「まだよ……始末しないといけないのがもう1人いるわ」 さすがに体力までは回復していないようでだるそうな声を上げるハルヒ――ってちょっと待て! もう1人ってまさか!? ゆっくりと長門に近づいていくハルヒに、俺はあわててその前に手を広げて遮った。長門はいつの間にか 正座の姿勢になってこちらをじっと見つめている。 「待て待て! さっきの話も聞いただろ? お前の失敗が情報統合思念体にばれていないのは長門のおかげだぞ。 それにどうやら文芸部活動の影響でろくに機能できていない――つまり普通の人間と大して変わらない状態ってことで、 始末する必要なんてないはずだ!」 「状況と意味合いが違いすぎるわよ! 朝倉も言っていたじゃない、あたしの自覚についてさ。だから、報告される前に 何とかしないと手遅れになる。まだ朝倉の封鎖壁はそのままだから、ここでどうにかしても奴らには気づかれない。 やるなら今しかないのよ!」 そう言いながらハルヒは俺をどけと振り払おうとするが、必死にそれに抵抗した。冗談じゃねえ。 朝倉抹消なら諸手を挙げて賛成するが、長門にまでそんなことをするなんて論外だ。もう俺の中じゃこいつは インターフェースじゃない。文芸部の大切な一員なんだ。それをむざむざ消されてたまるか。 だが、ハルヒは俺の呼びかけに全く耳を傾けようとしない。文芸少女・長門の姿を見ていない上に、 ついさっきまで同じインターフェースである朝倉に虐殺されそうになったんだから無理もないか。 そうなると説得する先はハルヒではなくて、長門になるということだ。 俺はハルヒの肩をつかみ、 「お前の不安はよくわかっているつもりだ。だが、少しだけ俺に時間をくれないか?」 「……どうするつもりよ?」 ジト目でハルヒが返してきた。俺は長門を指差し、 「俺が長門にお前のことを報告しないよう説得してみる」 「できるわけ?」 「ああ……」 そう言いつつ、正座姿勢へと戻っていた長門の前に俺は立つ。そして、しゃがみこみ話を始める。 「災難だったな。大丈夫か?」 「このインターフェースへの外傷は確認されていない。ただ……」 ――長門は一瞬言葉に詰まりつつも、 「朝倉涼子が指摘したことは紛れもない事実。わたしは情報統合思念体との相互通信が正常に行えない状態に陥っている。 たとえこの情報封鎖状態が解かれても、今回の事実を的確に報告できる可能性は低い」 「そいつはかえって好都合だ」 俺はぐっと長門の肩をつかむと、 「頼みがある。今回の一件でお前もハルヒが自分の力を自覚していることを理解したよな? それをお前の親玉には 報告しないでほしい。できるか?」 「…………」 長門は無言のままだ。しかし、その無表情から俺はしっかりと迷いの感情を読み取っていた。俺はもう一押しだと思い、 長門の前でぐっと頭を下げ、 「すまん、頼む! でなけりゃ俺たちはお前をここでどうにかしなきゃらなくなるんだ。だが、俺は絶対にそんなことはしたくない。 まだあれだけ苦労してやり遂げた文芸部の存続の結果わかっていない状態でお前がいなくなるなんて耐えられねえ。 だからお願いだ。報告しないでくれ。そうすれば、朝倉がいなくなっただけで何もかも元通りなんだ!」 話しているうちにテンションがあがってしまい、俺は長門の両肩をつかんでいた。 長門はそんな俺をただじっと黙って見つめていた。簡単には答えは出せないのだろう。役割を放棄しろと 迫っているんだから無理もない。ある意味自分の存在を否定しろと言われているんだから。 と、ハルヒが背後から近づいてきて、 「キョン、もうすぐ朝倉の封鎖壁が崩壊を始めるわ。これ以上は待てないわよ」 「……わかっているさ!」 いらだちのこもった声で返してしまう俺。頼む長門、イエスと答えてくれ。頼む…… たぶん長門が返事をするまで数十秒程度だっただろう。しかし、その時間は俺にとっては数時間にも感じられた。 よく聞く話だが、緊張で硬直した神経が時間間隔を加速させているんだろうな。 そして、長門は答えた。少し――本当に少しだけ頭を下げるという行動で。 俺は念のために確認を取る。 「それはハルヒのことは秘密にしておくってことでいいんだな。少なくとも俺はそう受け取るし、信じる」 「その認識でかまわない。あなたの言うとおり、朝倉涼子の暴走の件以外、情報統合思念体には報告しない」 今度は言葉ではっきりと長門はイエスと答えた。思わず歓喜の声を上げてしまいそうになるが、一応平静さを保っておく。 すぐにハルヒのほうへ振り返ると、 「どうだ? これで文句ないだろ。お前のことは連中には知られないし、人類滅亡もない」 「ずいぶんあっさりと信じるのね。そんな口先だけの言葉を信じろって言うわけ? それに――」 ハルヒは視線を長門のほうへ向けると、 「いったいどう収拾をつけるつもりなのよ。大体、あたしの抹殺はあんたたちの共通認識なんでしょ? それを簡単に破れるわけ?」 その問いかけに長門はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと語り始める。 「なぜこのような判断を下すのは自分でも理解できない。わたしの内部エラー多発に関連していると推測している。 だがはっきりと言える。わたしは涼宮ハルヒの力の自覚について報告したくない。そして、その結果情報統合思念体が とる行動についても容認できない。これはわたしという個体内のみでの思考。わからない。なぜこんなことができるのか。 こんなことができてしまうのか。以前のわたしなら絶対にありえないこと」 その長門の目はすっきりと透き通ったものだった。これだけでも俺は確信できるね。長門は嘘なんて言っていない。 絶対に報告しないだろう。 長門は続けて、 「今回の話をするのももっと後でするつもりだった。だが、明日の文芸部存続の正否によってわたしの内部エラーは さらに増大するかも知れない。だから、今日しかタイミングがないと判断した」 なるほどな。昨日までは文芸部活動に忙殺され、さらに明日にはその結果が出る。今日はそのちょうど隙間ってことか。 ついでに言っておいてやる。お前がエラーと表現しているのはな、以前にも言ったが感情ってヤツなんだよ。 ほかの誰でもないお前自身が感じたことなんだ。それ自体、何ら恥じることもないし、むしろこの短期間で、 あのただボーっとしている状態からそこまで成長したことに俺は感激してしまうぐらいだ。 ハルヒはさらに続けて、 「朝倉のことはどうするつもり?」 「朝倉涼子の暴走についてはわたしの責任。それの処理をするのは当然。情報統合思念体には内部エラーで暴走し 敵性と判定後情報連結解除を行ったと報告する。あなたの関与については何も言わない」 「…………」 長門の回答にハルヒはしばらく目をつぶって考えていたが、やがて驚きの表情へと変化し、 「驚いたわ。こんなことを平然と言うインターフェースを見たのは初めてよ。あんた、いったいこの子に何をしたわけ?」 そう今度は疑惑の視線を俺にぶつけてきた。 俺は手を振りながら、 「だからこないだも言っただろう。ただ文芸部の活動をしていただけだって」 だが、その活動こそが命令以外何も動くことのできなかった長門の束縛状態を解放し、自由意志を手に入れられるきっかけを 作ったことは間違いない。やっぱり読書だよな、長門は。ああ、あとパソコンについてもそのうち教えてやるか。 俺の世界でのコンピ研との一戦以来、そっち方面にもまんざらでなくなりつつあるみたいだし。 ハルヒはやがて観念したようにため息を吐くと、 「わかったわよ。あんたたちの言うことを信じてあげる。でも言っておくけど嘘ついたりしたら本気で承知しないわよ。 どんな手段を使ってもあんたたちの親玉への報告は阻止するつもりだからね」 「その認識でかまわない。むしろ、わたしはそうしてくれることを願っている」 長門の返事。と、ハルヒはすっと長門に手を差し出すと、 「一応これからは仲間も同然だから、改めて自己紹介しておくわ。あたしは涼宮ハルヒ。あんたの名前は?」 「長門有希」 「長門……有希ね。有希って呼ぶわ。これからよろしくね」 「わかった」 長門はそう答えつつ、ハルヒの手をとった。 ……たぶん、史上初めて情報統合思念体とかかわりを持つものとハルヒがこうして友好的に手を取り合ったんだろうな。 俺はふとその光景にそんなことを考えていた。 ◇◇◇◇ やたらと長くなった長門のカミングアウト+朝倉暴走イベントが終わった後、俺とハルヒは長門のマンションを後にする。 封鎖壁を解除する瞬間、ハルヒはまだ信用し切れていないのかかなり緊張した面持ちだったが、その後長門と別れた後でも 特に世界に異常が発生した形跡はなかった。どうやら長門はしっかりと約束を守ってくれているらしい。 まあ、俺は最初から疑ってもいなかったけどな。 俺たち二人は夜と深夜の境目になりつつある時間帯の道を歩いていた。心なしか、さすがに対朝倉戦のダメージが残っている ハルヒの足取りがいつもより重く感じる。 俺はそんなハルヒを横目で見つつ、 「とりあえず礼を言っておくぞ。長門の言うことを信じてくれてありがとな」 「……別に完全に信用したわけじゃないわよ」 ハルヒは疲労感のこもった言葉を返してくる。何だまだ長門のことを疑っているのか? そんな不満を表情に出したのを読まれたのか、ハルヒは軽く首を振りつつ、 「そういうと語弊招くか。あの子――有希の言っていることは信用するわ。これでも人を見る目は鍛えてきたつもりよ。 あれは絶対に嘘やごまかしをしている目じゃなかった。あの子本心からの言葉なのは間違いないわ。でもね、 だからといって情報統合思念体に絶対に報告されないとは言い切れない。有希の意思を無視して、さっきの一件が 伝えられる可能性は否定できないわ」 「……それは……まあそうだが。でもよ、それを言い始めたらあの事態が起きた以上、長門に関係なく 起こるかもしれないって事だろ」 「そうよ。万一だけど、それに備えておく必要があるってあたしは言いたいの。しばらくはリセットをすぐ行える体制を とっておくつもりだから。いざとなったらあんたの意見なんて聞かずにとっとと実行するからそのつもりで」 ハルヒの言葉に、俺はなるほどと思った。確かに相手は宇宙規模の巨大勢力だ。どんな手段でハルヒの能力自覚を 察知するかわかったもんじゃない。しかも、それから派遣されたインターフェースの前で、はっきりとそれを証明してしまった。 何が起きても不思議じゃないってことか ふと、ハルヒは思いついたように、 「あ、そうだ。あとこれから有希の監視も含めてあたしもあんたと一緒に行動するわよ。今まではごたごた続きでできなかったけど、 しばらくはあたしにちょっかい出してくる連中もおとなしいだろうし――文芸部だっけ? あたしも入部することにするわ」 「それは一向に構わんが、下手をしたら明日廃部になるかも知れんぞ」 「それならそれで、別の部活なり同好会を立ち上げればいいじゃない。できるだけ有希のそばについていたいしね。 なんていうか――いい子だわ。朝倉みたいなインターフェースばかり見てきたから少し偏見が減ったかも」 だんだん、俺の世界の団長様に近づいてきたな。元はほとんど同一人物みたいなものだし、同じ状況になれば、 抱く感情も似通ってくるのだろう。 だが、ハルヒは今良い事を言った。廃部の場合は新たに同好会でも作れば良いということだ。なるほどな、確かに最悪の場合は その手もあるか。あっという間にそこにたどり着けるとは、さすがのポジティブ思考ぶりである。 「ところで最近の文芸部ってなんかあんたたちやたらと熱中していたみたいだけど、何をしていたわけ?」 ハルヒの質問に、俺は端的に入部した経緯・長門の読書狂ぶり・さらに廃部の危機にあることについて話してやる。 それなりに雄弁に語っていたつもりだったが、俺の話が進むに連れてハルヒは眉を次第にひそめてしかめっ面へとなるのは何でだ? 「……ずいぶん有希と仲が良いじゃない」 そりゃ怒涛の文芸部活動に打ち込んでいたからな。それなりに連帯感つーか信頼関係ぐらいは築けて来るさ。 だが、ハルヒはますます口をとんがらせそのまま黙ってしまった。何だよ一体。 結局そのまま俺たちは別れ、別々の帰宅の途についた。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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1,オープニング 最近、うちの妹は天気予報のお姉さんにテレビ画面越しに話しかけている。内容は一つ覚えの繰り返しで、つまり、いつになったら雪が降るのか教えて下さい、と要約したら非常に微笑ましい内容なのではあるが、さりとて兄としては何をしてやる事も出来ん。 大人しく待っていれば後一月もすれば降るんじゃないか、って無根拠で希望的な観測をリップサービスしてやるくらいだ。 まあ、そうは言っても初雪に関して一つだけでは有るが心当たりは無くもない。こんなことを言ってしまえる自分がそら恐ろしくも有り、またうら悲しい。いつから高校生は気象を操る術にまで手が届くようになってしまったのか。驚天動地だ。空前絶後だ。 あ、ここは笑うところで間違いないぞ。 しかしだ。まさか初雪にはしゃぐ妹見たさに後数百年の生態系に傷跡を残すほど馬鹿でも甘やかしでも俺はない。代わりって訳じゃないが家を出る前にてるてる坊主の逆さ磔刑における様式を妹には伝授しておいた。今頃、リビングは串刺公ヴラド三世がスタンディングオベーションで拍手を打ち鳴らすような地獄絵図と化しているであろう。 さて、少女が雪に夢見る寒い日に街中を男と二人で歩きながら思いを馳せるのは世界の果て、地球儀をぐるり半周させた真裏の島国でもってすらその名が知れ渡っている赤服爺さんってのはそりゃ一体どんな気分なんだろうね、ってな心底どうでもいい事だ。 人はこんな思考を往々にして現実逃避と呼ぶらしいが俺はまさに今、その真っ最中だった。ああ、自分で分かっているとも。だから、ほっといてくれ。 目にも心にも毒極まりない赤と緑のコーディネイト。どいつもこいつも柊や鈴で飾り付けて、日ごろ声高に叫んでる個性とやらは一体どこへ行っちまったってんだ? すっかり埋没しやがって。 「ああ、商店街はもうすっかりクリスマス一色ですね」 隣の優男が二酸化炭素とも霊魂とも判別付かぬ白い気体を吐き出しながら見たままズバリを言葉にする。ええい、超能力者よ、もう少し捻った事は言えないのか。 「なあ、古泉よ」 「なんでしょうか?」 「絶望的な彼我戦力差を俺に再確認させる以外の台詞はお前の口からは出てこないのか?」 「彼我戦力差、と申されますと?」 古泉が心底意味が分からないと不思議そうな顔をする。ええい、顔の良いヤツはこれだから気に入らないんだ。 持てる者に持たざる者の気持ちなど所詮は分からないのだろう。しかし、このサンタスティックな光景を見て心躍る男子高校生はむしろ少数派ではなかろうかなどと勝手に推測する俺である。 そう言えば谷口も国木田も、俺の周りはまだまだ独り者ばかりだったか。あいつらを仲間外れにしない為にも俺ばかりが先んじて恋人を作るわけにはいかんのだ、きっと。 ああ、友情とはかくもうつくしきかな。 「塩を青菜か傷口かは知らんが、その類に擦り込む結果にしかならないと十分に予測され得る未来を回避する為に精一杯尽力しようぜ、お互い。と、こう言っているようには聞こえなかったか?」 「今日の貴方は要領を得ませんね。いえ、失礼。僕の読解力が足りていないだけでしょう」 「あー、つまりな」 口に出すことすら憚られる単語と言うのは実在するのである、悲しいことに。 「サンタ」 ほらな。ええい、苦々しい。 「はあ」 「クリスマス」 くそっ、忌々しい。 「ええ」 「こういった話題は止めておこうと俺は提案しているんだ」 「……なるほど、ようやく得心いきました」 言いながらも笑顔を絶やさぬ古泉は、これがつまりコイツと俺の違いなのだとよく分かる余裕っぷりであり。ああ、本当にこの世には二種類の人間しかいないのだ。男と女。モテる者にモテざる者。俺の苦悩なんて のは、しかしどれだけ言葉にしても決して伝わらないものの一つであったりするのかも分からない。ウィー、ウィッシュ、ア、メリークリスマス。願うのなんざ一つしかない。すなわち、この天下万民の財布の紐を緩ませんと企てる国家規模のイベントが粛々と俺の頭上を過ぎ去ってくれることだ。 彼女が欲しい云々は願い事の余裕が有ったら改めてそこに捻じ込むとしようじゃないか。何事も先ずは日々の安定から始まるものだしな。基盤が無ければ恋愛なんて成り立たんとはよく聞く話さ。そこに古今の悲恋を持ち出すまでも無い。世間に負けたんじゃなくて、九割方が計画性の無さによる自滅。それくらいは恋愛経験皆無の俺にだって分かる。 「……粛々、とはすこし難しい相談かも知れません」 「はあ。だよな、分かってるさ」 悲しいかなと言うべきか、斜に構える権利がこの俺に残されているのかどうかからすらもまず怪しいが、「平穏無事」なるものがこの俺に与えられる事は最早有りはしないのである。 一年前の話になる。正直思い出したくもない記憶で、決して忘れてはならない異世界旅行の記憶。 あの時、どっかの愚か者は自分から「平穏」を投げ捨てやがったんだ。替えは利かないと知りながら。取り返しは付かないと知ってまで。 まったく、馬鹿なヤツだとほとほと呆れ返る。 ああ、未来は白紙だと信じていた頃の俺よ、さらば。そしてウェルカム、魔法のスケジュール帳。 持ち主の意思になど構う事無く予定が自動かつ強制で書き込まれていく優れもの……もとい、困りものだ。 「ご心配なさらずとも」 ご当地超能力少年は厭味が無さ過ぎて逆に癇に障るという器用な微笑を頬に浮かべ、 「クリスマスはきっと楽しくなりますよ。そうしたいと考えてくれている人が僕たちを仲間外れにしてくれない限りは……ねえ?」 と言った。 全くの同意見ではあるが、俺の心配の中心も「そこ」だってのは決して忘れてはならない現実である。 「楽しくはなるだろうよ。だが、皆まで言わんでも分かってるだろ? その手法を問題視してるんだ、俺は。去年みたいにトナカイのコスプレして不特定多数のお子様の前で桃太郎演じるような真似は二度としたくない」 「ははっ。まったくもって、あれは斬新な劇でした」 笑い事じゃない、ちっとも笑えないぞ、古泉。 「ただ待っているだけでプレゼントを貰えると思っているのなら大間違いだ、までは僕にも彼女の思考トレースが出来たのですけれど」 まあ、子供が自分の正当性(今年も一年いい子でした、ってアレだ)を主張するのにサンタと大立ち回りを演じるなんて展開はお釈迦様でさえ思い至らんだろうよ。 子供と殴り合う深夜徘徊老人、拳で語り合って友情が目覚めた挙句のプレゼント贈呈とかアイツの頭の中はどうなっていやがるのか。一度脳外科に行ってCTスキャンを取ってくるべきだと俺は割と本気で心配だ。 「……アイツはアホだからな」 やれやれと一つ溜息を吐く。隣を歩く少年はただ笑っていた。――だ、か、ら、笑い事じゃないんだよ、古泉? その辺、本当に分かってんのか? 「今年はもう少しまともでスマートなイベントを願わずにはいられないぜ。ウィー、ウィッシュ、ア、メリークリスマス。ああ、マジで。願うくらいは存分にさせて貰わんとこっちの身が保たん」 出来れば願う以上もさせて貰いたいところだが。そんなんが高望みになっちまってるのが現実だ。 俺に思想の自由は有れど言論と集会の自由は取り上げられちまっている。なんとまあ横暴な神も居たもんだと思うぜ、いやホント。 溜息を吐きながら周りを見回せば、アーケード下の商店街はカップルもしくは元カップル率が八割越えの致死量だ。いや、根拠も何も無く、なぜだかそんな気がするだけなんだが。これが噂の「サンタ・クローズド・サークル」ってヤツか。略してSCS。なんだか殴り書きしたら救難信号になっちまいそうだな。 とは言え、親近感はまるで持てそうにもない。 「涼宮さんが今年はどんな事を企画されていらっしゃるのか、勿論僕には見当も付きませんが」 アイツが何を考えているのか推測するとか、ホームズ先生と金田一先生のドリームタッグですら厳しそうだ。 「ごもっともで。しかし、断言出来る事も一つだけ有ります」 「ほう、言ってみろ」 「今回も僕たちは退屈とは無縁であるだろう、と」 古泉は人差し指を自分の右眼の前にピンと立てた。 「まあ、僕の超能力なんてこんなものでして」 少年の口にした言葉を咀嚼して。出て来る台詞はいつも通りの定型句。俺はとことん進歩がない。一年前からお決まりだ。 「……やれやれ」 もしもこの世界がテレビドラマなら、オープニングを入れるのは多分このタイミングだろう。 2,嵐の前 「すう……すう……」 今年も残すところ後わずかとなった十二月上旬、授業は二学期間にせめてここまではやっておかなければならないという(生徒に無断で)各教員が自らに課した目標へとラストスパートを駆け、急加速に振り落とされんようにせめてノートだけでもと考える俺は窓際という極寒のシベリア流刑にあってすら怠惰を許されてはいなかった。 内容も分からぬままにせっせと黒板を写す作業に励むとはなんと涙ぐましい努力かと自分で自分を褒めるのすら吝かではないが、それが成績へと跳ね返ってくる気配が一向に見えないのはこれは果たしてどういうことか。 関係各庁の主だったものを集めての緊急閣議が近々必要となりそうだ。 「すう……す、んがっ……くう……」 有り体に、そして身も蓋も無く言ってしまえば俺は少しばかり、自分自身でも知覚できるかどうかってほんのわずか、わずかだぞ、焦りを覚え始めていた。 理由なんてものは分からない。高校生活がいつの間にやら折り返し地点を過ぎていたからなのか、本番となるラスト一年が眼と鼻の先にまで迫っているせいという線も十分に有り得る話だ。 いやいや、教師連中が何かにつけて口にしていた「高二が勝負」ってヤツが丹念に重ねたレバーブローの如く今更になってじわじわと、しかし確実に着実に効いてきたってのも考えられる。 「ん……んんぅ……くう……すう……」 でもって、そんな危機感を抱き始めているのはどうやら俺ばかりでも無いらしい。雰囲気なんて言葉で誤魔化すのも躊躇われる程度には、気付けばクラスメイト達の眼の色も徐々にだが本気の色へとグラデーションを始めている。 そういうのが徐々に俺を急かし、焦らせ、そしてそんな急いて焦った俺の影響で誰かも急かされるって負のスパイラルがクラス全体に根を張っているのが眼に見えるようだ。 ……しかし、何事にも例外ってのは存在する。 言うまでもないとは思うし、聞くまでもないとも思うわけだが、さりとて一応名前くらいは出してやらねばなるまい。ソイツもクラスの一員には変わりないからな。 「……くう……くう…………うぅん……」 受験生という身分に目覚めつつあるクラスメイトも我関せず、穏やかなる寝息を立て続けるのは後ろに陣取るあの女。 そう、我らが主人公、涼宮ハルヒその人であらせられる。 豪胆という言葉がそのまま人となったようだとは古泉の評価で、対して傲慢の間違いだろと、こっちは俺の評価。ま、どっちでもいいが。 にしてもよく寝てやがる。ああ、呪いたくなるほどの爆睡ぶりじゃねえの。ったく。比喩じゃなく命に関わりかねない低温だってのによく眠れるよ、コイツ。首だけで振り返って様子を伺って……、 ……あれ? ……ハルヒの唇、うっすら青くなってない? 「さむ……きょ…………さむい……」 この馬鹿! マジで教室で凍えてる馬鹿が有るかよ!? 真冬の窓際舐めんな! (おい、ハルヒ! 起きろ! 寝たら死ぬぞ!!) 小声で呼び掛けるも変化無し。いや、むしろハルヒの様子は悪化の一途を辿り、俺の見ている前で少しづつその身体が震え出した。 俺の方へと投げ出された細い指先に触れてみるとその余りの冷たさに驚いてしまう。それくらいにその身体は温度を失っていた。 ……見過ごしたら自殺幇助になりそうなレベルである。これ、起こすだけで本当に大丈夫なのか? 俺は咄嗟に時計を見る。幸いにも残り十分足らずを耐え切れば放課後だ。そうなれば朝比奈さんのあつーいお茶も、部室には電気屋から接収した電気ストーブだって有る。蘇生にはこれ以上なく十分な組み合わせだ。 ならば、それまでにこれ以上ハルヒの体温を下げない事が目下、俺に与えられた急務。世話を焼かせやがる団長様だ、全く。 別に授業を真面目に受けろと言う気は無いが、(どの口が言うのかと詰られるのは眼に見えているしな)それにしたって自分の命くらいしっかり守って欲しい。 基本は「いのちだいじに」だと思うんだ、何事も。 ……しっかし、どうするかな、コレ。とりあえず俺の唯一の暖である携帯カイロをハルヒの手に持たせはしたが、それくらいで冷え切った体がなんとかなるはずもなく。 熟慮の結果――ま、実際に悩んだのは三十秒足らずだが――俺は手近に有った布をハルヒの上に被せる事で事態の抜本的解決策とした。 元々膝掛けとして利用していたものだったので冷たいという事もないし、俺の体温が不快だともし言われてしまえばそれまでだが、にしたって雪山遭難中に見つけた穴蔵に文句を言うほど涼宮ハルヒも捻くれてはいまい。 特に冷えていた指先から肩口の辺り、机に放り出している部分へとそれを掛けてやるとハルヒはまるで待っていたかのように頭から布の中へと逃げ込んだ。 「……どんだけ寒かったんだよ、お前」 眠り続ける少女に向けてそうボヤき、そしてまた仕方が無いかとも思った。 なにせこの寒さだ。雪が降ってこないのも不思議なくらいで、俺だって早く朝比奈さんの淹れてくれたあっつーいお茶が飲みたい。 さっさと終われよ、授業。本当に。 そんな訳で授業の残り時間、俺は膝掛けを失って急速に冷え込んだ太ももを擦り合わせ、呪詛を呟きながら必死に指先の運動をして過ごした。 ハルヒならどうにかすれば地球の地軸をまっすぐに出来るんじゃないだろうか、なんて馬鹿な事を考えながら眺める黒板は般若心経と似たり寄ったりで、ならノートを取る行為は写経と大差ないね。 ご利益を願おうにも時期が悪い。街にはクリスマスが幅を利かせているのだから。なら、ハルヒ大明神にでも頼んでみるか? いやいや、冗談。 冬の教室で凍死しかかってる神様なんて、そんなの心底笑えないぜ。 授業が終わり、ホームルームで担任が口にしたのは三年生に気を使うように。受験でピリピリしてる時期だってのはよく分かる。 だが、気を使うも何も俺が接する数少ない上級生であらせられる所の朝比奈さんと言えば年が明けてもこっちに居るかどうかすら俺には分からないしな。 なにせ、彼女はリアル時を駆ける少女だ。卒業と同時に未来に帰っちまう可能性を古泉から聞いていた。実際のところは分からない。聞いてみる勇気も持ってないし。藪を突付いて、もし本当に「そろそろ元の時代に帰らないといけません」なんて言われてみろ。 お約束に則り『未来で待っていて下さい』とでも言えば良いのか、俺は? ええい、くそっ。首を振って暗い考えを頭から追い出す――と、何故だか喜色満面の谷口と眼が合った。ソイツは俺に向かってニヤリ、と意地悪く笑って見せる。そして、俺は悟った。 この時期に似つかわしくないスマイル0円大安売り。 あの野郎、まさかっ――!? 「キョーンー、もうすぐクリスマス、だよなっ」 結論から言おう。俺の悪い予感は情け容赦無く的中した。ああ、一を聞いてもう何も言わなくていいとはまさにこの事だ。古泉のお株を奪うニヤケ面。首から上を切り取ったらゲル状のモンスターになるんじゃないかって酷い緩み具合は実は去年も見た。 デジャヴ……じゃない、リフレインか。ならば先手を打っておくとしよう。 「気にするな、谷口。女なんて星の数ほど居るさ」 ――ただし、星に手は届かないけどな。 「は? ……いきなり何言ってんだ、キョン?」 「女なんて星の数ほど居るさ、と言ったんだが」 失恋したヤツへ送られる常套句だと、二回言ってようやく谷口は理解したようだった。反応遅いぞ。 「おい、キョン! なんで俺が振られた事になってんだよ! まだ何も言ってないっつーの!」 「いや、だってな……」 俺は頭を掻いた。もしかしなくても谷口は馬鹿だ。まず、その締りの無い口を閉じるところから始めるべきだと思う。 「お前、顔に『クリスマス前に滑り込みギリギリセーフで彼女が出来ました。クリスマスイブはデートの予定が有るので今年も有るであろうSOS団のクリスマスパーティには出席出来ません。どうだ、羨ましいか』って書いてあるぞ」 「長えよ! どんだけ落書きされてんだよ、俺の顔は! 幼稚園児のお絵描き帳か!」 馬鹿が叫ぶ。だが、馬鹿の口からいの一番に否定が出ないって事は、つまり、そういうことだ。 ……羨ましくなんてないぞ。 「で、この後の展開は読めてる。つまり、クリスマス直前もしくは当日に破局。去年もそうだったしな」 「ぐっ……なんとでも言えよ。だけどな! 彼女はおろかデートの約束すらないキョンに俺の壁は越えられねえ!」 谷口は両腕でもって空中に大きな四角を描いた。 「名付けて、谷口スペシャル!」 脆そうな壁だな、また。 「しかも結構簡単に乗り越えられそうだよね、その高さなら。そう思わない、キョン?」 横から話に割り込んできたのは、これもお約束と言うべきかいつもの面子、国木田だった。 「そう言ってやるなよ、国木田。そんな陳腐な壁であっても誰かさんの名前が付いている以上、その誰かさんが可愛そうだろ。ここは演技でいいから『乗り越えられそうにない』って言ってやるべきところだ」 「ああ、そっか。それもそうだね。えーと『結構簡単に乗り越えられそうにない壁だなあ』ってキョン、これで合ってる?」 「簡単なのか難しいのか分からないっての」 顔を見合わせて笑う俺達。流石に小学校時代からの友人である国木田はどこかの馬鹿と違って打てば響く。 言いたい事ってのをここまで的確に拾って貰えれば、喋り甲斐も有るというものだ。 「くそっ、国木田まで一緒になって馬鹿にしやがって。あのなあ、言っておくが俺はもう去年までの俺じゃねえんだよ」 ほう、それは初耳だ。いつの間に「マークツー」もしくは「改」、はたまた「バージョン1,10」のような修飾が付いていたのか。 男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、眼を凝らしても去年との違いなど制服が一年分くたびれただとか、学年章の横線が一本増えただとか、それくらいしか俺には分からん。 「俺はもう俺じゃねえ!」 ならお前はどこの誰だよ。自己否定の極論みたいな事言ってんじゃねえ。 「谷口くん(改)だ!」 だから、具体的にどこが違うんだと俺は聞いてるんだが。 「決まってんだろ、キョン。人間は失敗を繰り返して成長するんだ。失敗は成功の母って言うじゃねえか。つまり! 去年のクリスマスに失敗した時点で俺はもう今年のクリスマスの成功が約束されてんだよ!」 どこぞの怪しい宗教みたいなトンデモ理論が谷口の口から飛び出した。馬鹿だ。こいつ、超ド級だ。 「アー、ソウデスカー」 どうやら人間とは心にも無い事を言う時、声に抑揚が付けられなくなる生き物らしい。馬鹿が相手では装うのすら阿呆らしい。 「凄いね、谷口」 国木田は対照的で見事な笑顔でもって谷口を称えるが、文頭に省略された括弧内、「そこまでポジティブが行き過ぎるのは逆に」の部分がしっかりと俺には補聴出来た気がするね。 はあ、溜息しか出て来ない。この話題は早々に打ち切ってしまうべきか。馬鹿は死ななきゃ治らんし、馬鹿は馬鹿なりに青春を謳歌する術は心得ているらしい。 だったら果たしてこの俺に何が出来よう。精々、友の恋路に対して呪詛を撒き散らしてやるのが関の山だ。 「それで、谷口? わざわざ俺の机まで来てお前は一体何の用なんだ?」 「よっくぞ聞いてくれたぜ、キョン! 実はな……って何だ、こりゃあ?」 谷口が俺の後ろの席を指差す。何だ、ってそりゃ見ての通りだろ。 「涼宮ハルヒだ」 もしくは眠れる獅子。 「キョン、僕には連行中の凶悪犯に見えるんだけど……?」 「いや、俺にもそう見えるぜ、国木田」 谷口と国木田は互いの顔を見合わせ、そしてまたハルヒをまじまじと見つめた。いや、正確にはハルヒの上に載っている衣服を、だな。 ふむ。確かに? 涼宮ハルヒは今、マスコミのシャッターフラッシュラッシュから顔を隠す犯罪者のような出で立ちでは有る。それは認めよう。頭の上から男物のコートをすっぽりと被せたのがその認識の原因なのだとしたら、それはひょっとすると俺の所為であるのかも知れん。 しかし、ちょっと待ってくれ。この惨状を作り出した張本人にも一つだけ釈明をさせて欲しい。 悪意は無かった、いやマジで。 「奥村の授業中コイツ凍死しかけてたから、救命活動をだな……」 「それで寒そうな涼宮さんに自分のコートを掛けてあげたとでも言うのかい、キョン?」 言う……のだが、なぜだろう。こうして第三者視点で俺のやった事を改めて聞かされると、その行為はまるで……。 「それってなんだか恋人同士みたいだね」 みなまで言うんじゃない、国木田! 「んなあっ!? キョン、お前、涼宮ととうとう付き合うことにしたのか!!」 大きな声で根も葉もない内容を口にすんな、谷口! あと、「とうとう」ってなんだ、「とうとう」って!? 偏見だ、偏見。男女がペアで居たらそこに恋愛的なあれこれをすぐに持ち出したがる昨今の風潮に対して俺としては警鐘を打ち鳴らしたい、師走ってな時期的にも百八つくらい。 「あのなあ、谷口」 出来うる限り冷静を装って。 「お前の目はどこに付いてるんだ?」 イントネーションは「馬鹿じゃねーの?」を最大引用。 俺とハルヒは断じてそういう関係じゃない。 主と従僕。いや、違うな。 王と騎士。いや、これもなんか違和感がある。 そんな媚びるような、へつらうような、一方的な関係ではなかったはずだ。ええい、上手く言葉に出来ん。 「言ってたのは谷口自身だろ。覚えてないか? 一年の一学期。『アイツだけは止めとけ』ってな。俺は覚えてる」 「ああ、そんな事も言ったか」 「それを踏まえて、だ。あの涼宮ハルヒだぜ? そりゃあ顔は十分魅力的な部類に当て嵌まるし、異性としての完成度は今更論ずるまでも無く一級品だ」 本人を前にしては口が裂けても言えやしないが、ライオンも眠ってる間は大人しいモンさ。それに、ハルヒだって俺とそんな関係だなんてデマを吹聴されては気分も悪かろう。 ならば疑惑は徹底的に踏み潰してしまえ。 「だがな、谷口」 メリットを悉く打ち消して台無しどころかマイナスにする強烈なデメリット。それは一言で言えば、 「それでもコイツは涼宮ハルヒなんだ」 こんなところか。我ながら失礼な物言いだとは思うが、これ以上に的確かつ簡潔に纏めるのは少々、いや大分難しい。 「だよなあ……」 谷口も谷口でこれで納得しちまうし。おい、ハルヒ。好き放題言われてるぞ。それで良いのか、お前は……って起きてて貰ったら大分困るんだけれども。 「本当、涼宮さんって勿体無いよね。もう少しだけでいいから協調性が有れば朝倉さんレベルだと思うのになあ」 「それが無いからハルヒなんだろうよ。逆にそこが補完されちまったらパーフェクト超人だ。天のパラメータ配分の依怙贔屓も露骨が過ぎる。神様ってヤツも壊滅的な分野を科す事でバランス取った気になったんだろ。ほら、天才は奇人に多いってアレだ、アレ」 それにしたって二物はおろか一物すら怪しい俺みたいな平々凡々、特殊スキル無しにとっては羨望の的でしかないわけだが。 「でもさ。結構お似合いっていうか納得出来る組み合わせでは有るかも、とは思うんだよ、二人は」 ほう、反論が有る、と。いいぜ、聞いてやろうじゃないか、国木田。 「キョンは昔から変な女が好きだからね」 「おい」 酷い話だ。過去に一度たりとて変な女が好みだと言った事も無ければ、そもそも異性と付き合った事すら無いというのにこの認識である。どうなってやがるんだ、世の中。 「誰の事を指して『変な女』と言ってるのか、その辺りが非常に興味深い発言をありがとうよ」 「それは勿論」 あー、いい。いい。最後まで言う必要は無い。大体、その相手ってのが誰を想定しているのかは分かってる。 「おいおい、今はキョンのことなんて良いだろ? 俺には緊急を要する相談が有るんだよ」 谷口の言うところの緊急事案ってのは、俺の予想通りにクリスマスデートに向けた対策を一緒に考えてくれなんて第三者にとっちゃ心底どーでもいい内容だった訳だが、それでもハルヒが起きるまでの話題としてはそこそこ盛り上がった。 結局、俺や国木田も「もし、自分がクリスマスに女子とデートする事になったなら」ってイメージトレーニングには余念の無い、周囲の例に漏れない妄想力たくましい男子高校生だったという、これはその証左なのだろう。 谷口にあれこれのアドバイスだか皮算用だかを吹き込みながら、しかし一つとして「谷口のために」という気持ちが湧いてこなかったのは、ああ、考えたくもない。 きっと俺も少しは期待しちまっているんだ。 今年こそは、なんて具合にな。 ……笑うなよ。こんなのは年頃の男子高校生だったら五十歩百歩で誰もが同じ野望を抱いているものさ。 十二月二十四日。子供の願いが叶う夜。恋人達の特別な夜。 果たして、今年の俺は一体どんな風に過ごすのだろう。やっぱり今年もSOS団で鍋パーティでもして終わっていくのだろうか。 それでも構わないかと思う俺がいて、変化を求める強欲な俺がいる。 変化。このままじゃいけないってそんな気持ち。誰でも持っていて、誰もが切っ掛けを欲しがっていて、それでもそいつは勇気が居るんだ。 「谷口」 「あん?」 言葉はカンペでも事前に用意されていたみたいにするりと喉から出た。 「お前は凄いよ」 ああ、俺には逆立ちしたってこの友人の真似は出来そうにない。 結局、ハルヒが午睡から目覚めたのはホームルームが終わってから一時間は経とうかという……寝過ぎだろ。掃除当番が困ってたぞ。 「……ん……キョン?」 国木田と谷口はつい二分ほど前に家路へと着き、俺はと言えば部室で待っている長門と古泉、そして何よりハルヒに拉致されていたコートをそのままに帰るなんてのは出来なかった訳だ。 「よう。ようやく起きたか、凶悪犯」 起きたなら早々にコートを返せ。こう見えて俺だって寒いんだよ。手の中のなけなしの懐炉様は高校生一人分の命を保たせる任務に殉職して先ほど燃え尽きちまった。温かみの有るいいヤツだったぜ。 「……え、暗い? 何か乗って……?」 コートの中でごそごそと頭隠した少女が蠢く。新種の生き物を両親に隠して飼っている気分ってのはこんな感じなのだろうか。どうでもいいが。 ETみたいな奴とは毎日のように接触してるしな。いまさら謎の宇宙生命体とか言われても二番煎じも良い所だった。 「光あれ」 呟いて、ハルヒの上からコートを剥ぎ取る。日も暮れ始めた教室はさらにその気温を下げ、一刻も早くコートを着なければ俺もハルヒの二の舞だ。 「眩しっ。ちょっとキョン、布団取るなら取るって言いなさいよ! こっちにだって心の準備ってモンが有るんだから!」 おうおう、さっきまでぐーすか寝てたとは思えないくらいにしっかりした呂律じゃないか。ハルヒの場合、叱咤においてはまどろみ補正はないらしい。どうでもいい情報だな。後、 「それは布団じゃない。コートだ」 でもって、心の準備は良いから裾をしっかと握るその右手を放せ。もし気に入ったのだとしてもやらないからな。お前のコートはあっち。これは俺のだ。 「はっ!? ちちち違うわよ、これはっ!!」 ストーブに間違えて触れてしまった時のように慌てて俺のコートから手を放すハルヒ。おい、手を放すのは要求通りだが、それにしたってもうちょっと優しく扱ってはくれないか。ソイツにはこの冬いっぱい頑張って貰う予定なんだ。出来れば来年の冬も世話になりたいくらいでな。 「……何が何と違うってんだよ」 「う……あ、いや、それは……な、なんでもないっ!」 なんだそりゃ? 否定の内容くらい明確にしてくれないと古文の問題みたいになっちまうが、それは果たしてお前の望むところなのかよ、ハルヒ。うやむやが美徳ってのはそりゃ確かに日本人らしいが、お前らしくはないだろ。 今日は一体、どうしたってんだ? しかして、ハルヒは俺のクエスチョンに答えたりなどはせず、そしてまた先ほどまで凍えていたのが嘘のように真っ赤に上気した顔をして野牛のような突進で教室を出て行った。 ああ、アレは「こんな時、どうすればいいか分からないの」の顔だな。セオリー通りに「笑えばいいと思う」んだが。ハルヒの笑った顔は文句の付けようがない美少女だし。いや、外見だけだぞ。中身は知っての通りだ。 「……はあ。待っててやったってのに礼の一つも無しかよ。良いけどさ」 呟いて立ち上がる。……あ、あの馬鹿、結局自分のコート持ってくの忘れてんじゃねえか。仕方ない。どうせ部室に向かったんだろうし、ついでに持っていってやるか。 SOS団は一緒に帰ることも有れば、めいめい好き勝手な時間に帰ることだって勿論有る。っていうか最近は大体後者がメインになりつつ有る気がする。 理由として挙げられるのは朝比奈さんの存在で、やはり受験生がクラブ活動に参加するのは本人的にも外面的にもよろしくはないらしい。 それを分かっているからかハルヒも朝比奈さんの部活動への遅刻、及び早退にはこの頃は何も言わなくなっていた。これも成長だろうか。一応、それなりに他人に気配りが出来るようにはなっているんだろうね。 だが、その恩恵がまるで俺の方へとやってこないのはこれは客観的に見てすら由々しき事態である。なんだろうか、他人扱いされていないと言えばまあまあ好意的に取れなくもないが、ことこれが人間扱いされていないだったとすれば大変だ。 ……っと、話が逸れた。朝比奈さんがいない時は事実上の自由解散であり、そしてまた俺がハルヒを追って部室へと入った時には朝比奈さんはおろか古泉もいなかった。こっちはちょっと珍しい。 「おい、長門。朝比奈さんはなんとなーく分かるんだが、古泉はどうした?」 「……バイト」 なんだろう。ハルヒが凍死寸前まで行った際に悪夢でも見ていて、それが色々と無意識下でやらかしていたりするのだろうか。うわ、有りそうな話だ。とりあえずは心の中で古泉に合掌。恨むなら寒波かハルヒを恨め。 そんなこんなで特に何事もなく、長門は読書、ハルヒはネットサーフィン、俺は年末に差し控えた期末テストへの抵抗というこれもまたいつも通りのSOS団だった。 イベントごとが目と鼻の先に迫っているにも関わらずの、この静けさはきっと嵐の前のなんとやら。手ずから淹れたお茶は朝比奈さんのものには到底及びはせず、これなら白湯をすすっていても似たり寄ったりだろう。 つまらない、なんて思って……いなかったと言えばそれは嘘になっちまうんだろう。 期待していたんだ、俺は。 結局、この日は十七時を待たずに解散となった。 3,猫と天使 電話はまるでタイミングを見計らったかのように掛かってきた。 「やあ、キョン。今、どこだい? もう帰宅していたりするのかな?」 だったらどれだけいいだろうな。残念ながら今から校舎前の坂を降りるところだ。今年一番の寒波の中を、だぜ。哀れに思って車でも出してくれるのかい……と。冗談だ。 「ふむ、そうか」 「それがどうした? 何か用でも有るってんなら悪いな、家に着くのはもう三十分は後になる。日は完全に落ちちまうから俺としては異性に外出はオススメしない。電話でなんとかなる用件だったりするか?」 歩きながらの電話の相手は春の一件以来、一月に一度くらいだが電話をするようになった中学時代のクラスメイト。 「なあ、佐々木」 ……ともしたら「親友」と言ってもいいのかも知れない。 「いや、直接会って話したい内容なんだよ」 電話では済ませられない。それってもしかして……!? 「何か有ったのか?」 「違う違う。キョンが思っているような宇宙的、未来的、あるいは超能力的な話ではないよ。くっくっ、安心してくれ」 喉の奥でくぐもったような佐々木独特の笑い方は健在で、世は全てこともなし、なんて馬鹿な事を少し思った。 「もっと地に足を付けた内容だ。ああ、クリスマスが近付いてはいるが色気の有る話でもないからその辺りも安心してくれていい、くっくっく」 急速に嫌な予感がする。でもって俺はこれとよく似たシチュエーションを中学時代に既に味わっていた。 「……仕掛け人はお袋か?」 一縷の望みを賭けて聞いてみる。頼む、ノーと言ってくれ。あんなのはありがた迷惑も良い所なんだ。 「キョン」 優しげな声は、しかし優しげなだけであり厳しく俺を叱責した。 「残念だが、これは君のためなんだ。覚悟を決めて欲しい」 「……マジかよ」 坂を下る足も重くなる。地球の重力はいつからこんなに重くなった? それともこれが地に足を付けるってヤツなのだろうか。どっちかと言えば地べた這いずるって表現の方がピタリと当て嵌まっちまうのは一体何の冗談だよ? 「君のご母堂から、そして僕の親からも今日は遅くなってもいいと理解を得ている。駅前のファーストフードショップだ」 「行かなかったら? どうする?」 「どうするもこうするもない。待つさ、君を。必ず来てくれると信じているからね」 佐々木はハルヒとはまた違った意味でやりづらい。こっちの良心に訴えかけてくるとか、それはスポーツマンシップを乗っ取った上での反則じゃあないのか。審判(親)まで見事に買収されてやがるし。 逃げられない用意を事前に済ませておくのは、なんっつーか、世が世なら稀代の軍師にだってなれそうだ。 「勉強会をしようじゃないか」 おい、佐々木。電話越しだが、お前はなんでそんなに嬉しそうなんだ? 人の不幸は蜜の味か? そうなのか? ……はあ。結局、友人に言い負かされた俺はとぼとぼと駅前の学生御用達バーガーショップ目前まで来ていた。気が滅入るとはまさにこの事で、そりゃあ佐々木にとって見れば良かれと思っての提案だったのだろうが、それにしたって……なあ。分かるだろ? 勉強が好きなんて高校生を俺はテレビや漫画の中でしか見た事が無い。あんなモン作り物だ、嘘っぱちだ、フィクションでいかなる人物、団体等とも光年単位で無関係なんだ。 そりゃそうさ。誰だって遊びたいし、怠けたい。俺の年頃なんてのはまさにその真っ盛りで、そのある種根源的とも言えるだろう欲求に真っ向から反抗するのは困難を極める。 いつから俺はこんな風になっちまったのか。旺盛な知識欲は多分小学生くらいで満たされ切っちまったんだろうな。なるほど、こんな所にも高度情報化社会の弊害が有ったようだぜ。 「いらっしゃいませー」 安さと早さに定評の有るその店は帰宅前に友人と最後のひと時を過ごす学生と、塾へと向かう途中の腹ごしらえをこなす学生と――まあ、八割方学生客でごった返していた。時間も時間だしな。一握りの成人客はどことなく居住まいが悪そうに俺には見える。 学生天国、ってか。 さて、佐々木のヤツは二階の窓際に陣取ってるとか言ってたな。窓際――この寒いのになぜドイツもコイツもそんな場所が好きなのか。正直、俺は理解に苦しむ。 窓から離れるほどに室温が上がるのはそりゃまあ至極当然の話ではあるし、それにクリスマスの街並なんて物騒なものを目に入れずにも済む。そうだよな。それをどうしてわざわざ――いや、まあいい。真意は佐々木に直接聞いてみよう。 「ご注文はいかがなさいますか?」 「えーと、ホットコーヒーのエムが一つ。後は……ベーコンポテトパイで」 「かしこまりました。ご一緒にポテトはいかがですか?」 どんな客に対してもポテトを勧めなければならない悲しい宿命のお姉さんを笑顔でかわした俺はコーヒーと番号札を乗せたトレイを掲げて二階へと向かった。パイは遅れて届けてくれるらしい。コイン一枚からのデリバリーサービスは流石に少々恐縮してしまう。 家の近所のピザ屋なんかは二千円以上じゃないと配達してくれないんだが……っと、二階到着。お、ここも学生でいっぱいか。ガヤガヤと途切れない少年少女の声は休み時間の教室なんかとよく似ていた。 さて佐々木、佐々木は――、 ――いた。 春のころに比べて大分伸びたのだろう長い髪。 長く艶やかな栗毛の髪をヘアゴムで一本に纏め上げて。眩しいまでのうなじと黒い光陽園の制服のコントラストは。おいおい、親友。それはちょっと、いやかなりの反則じゃないのか。 ポニーテール、見事なまでの。 ああ、それは。先刻の電話口でのやり取りを含めてイエローカード二枚。 ……退場ものだろ。 はっと息を飲む。浅ましくグビリと喉は鳴り、いやいや待て待て。何を考えていやがるんだ、俺は。あいつは佐々木だぞ。中学時代のクラスメイトにして友人の。どうしてそんなヤツに一瞬とは言え見蕩れちまってんだ。 首を振って邪念を振り払う。煩悩退散煩悩退散。俺とアイツの間にそんな展開は待っちゃいない事くらい俺が一番よく分かってる。 「よっ、佐々木。悪い、待ったか?」 近付いて、今日はいい天気ですねーってな感じの軽いノリで挨拶をする。そう、これくらいの距離感。俺とコイツの関係はこれくらいで丁度いい。誰かさんに教えてやりたいね。男女間にだって友情は普通に成立するもんなんだって。 背後からの俺の呼びかけに少女は驚いた様子もまるでなく、ゆっくりと振り向いた。一秒だけ、重力を忘却して揺れる髪の束を俺は思わず目で追いかけてしまう。ポニーテールは魔物。 久しぶりに会ったソイツは少しだけ成長しているようにも見えた。 「いいや、今来たところさ……と言いたいところだけれどね。君に電話をした時から僕はここにずっと居たから定型句は今回使えそうにない。――久しぶりだね、キョン」 リップクリームを塗ったばかりなのだろう、明かりを照り返す唇の両端を少しばかり佐々木は持ち上げて。 「よく逃げずに来てくれた。ありがとう」 「お前なあ……それが『来るまで待ってる』って言ったヤツの台詞かよ」 「ああとでも言わなければキョンは来てくれないだろう? ああ、他に上手いやり口が有ったらこの際だ、教えて欲しい」 くつくつ、と。髪型はともかく笑い方は変わっちゃいないようで安心した。 「キョン。積もる話も有るだろうが、とりあえず座ったらどうだい? そこに居られると通行人の迷惑になる」 佐々木は隣席に置いてあった座席キープ用の鞄をズラして俺へと着席を促す。窓際、外を眺める形に作られたカウンター席はそこそこの人気ゾーンらしく、空席はそこ以外に最早残ってはいなかった。 「勉強するってのにどうしてテーブル席にしなかったんだ? あっちの方が教科書やらを広げるスペースに困らないと思うんだがな、俺は」 言いながら腰掛ける。佐々木は少し困ったように微笑んだ。 「四人掛けを一人で長時間占有するのは気が引けてね」 なるほど、納得。しかも混雑する時間帯だしな。 「膝突き合わせてとはいかなかったが、まあ肩突き合わせてといこうじゃないか」 「佐々木」 「ん? なんだい?」 「独創性に優れているのは結構だが、だからと言って……『肩突き合わせて』だったか? 新しい日本語を勝手に創るなよ。今時っぽいぞ」 少女は独特なくぐもり声で小さく笑った。 「今時の高校生じゃなかったかい、僕達は」 「……どうだか」 本当、どうだかなあ。 「それで、今日はなんだ?」 コーヒーを飲みながら問い掛ける。いや、おおよその見当は付いちゃいるんだが。 「どこから話せばいいかな。三日前、僕の母と君のご母堂がスーパーでばったりと鉢合わせたらしくてね。二人とも自分の子供の話を――つまり、僕と君の話をしたのは想像に難くないと思う。僕と君は元クラスメイトだし、家もそう離れてはいないからね」 井戸端会議、ってヤツだろうか。正直、俺にはよく分からない世界だ。一体、なんの価値がそこに存在しているのか。いやさ、佐々木の母親にとって俺の近況がどう人生に関わってくるとも思えんのだが。 「おや、冷たいことを言うね。僕などは君が元気でやっているか時々心配になったりもするのだけれど、キョンにはそういったものは無縁だったかい? だとしたら少し悲しいよ、僕は」 本気でそう思ってるんだったらちょっとでもいいから顔を曇らせてみたらどうだ。微笑みを浮かべたまんまじゃ説得力に欠ける。 「で? お袋とおばさんのその会話がどう今に繋がってくるんだよ」 「分からないかい?」 少女は俺へと試すように問い掛ける。今のやり取りで八割方理解出来た気がする。気のせいかも知れないが。 「お袋が俺の成績の伸び悩みを吐露した挙句にお前に今回も臨時の家庭教師を頼んでみて貰えないかと――、」 「そういうこと。君の予想でほぼ正解だ」 つまり、勉強会のお誘いか。出来ればこの予想は外れていて欲しかった。 「僕としてもキョンの勉強を見るというのは受験勉強の一環である以上に、自分の理解を確認するいい機会でも有る。二つ返事で承諾させていただいたよ。ただ、中学の時とは話も大分違ってくるから僕なんかが力になれるかどうかは正直不安でもあった」 佐々木の自己評価は基本低めだ。中学の時からその辺は変わってないらしい。 「だからとりあえず受験ではなく目前の期末考査における君の点数を上げる手伝いをする事で、君のご母堂には僕を家庭教師として雇うかどうかの指標にして頂くことにしたんだ」 ……ホワット? なんだって? 期末考査? 家庭教師? 俺の与り知らぬところでえらく具体的な話が進みまくってるが、本人の意思とかはそこまで軽いものなのか? なあ、どうなんだ? 「だから、明日から放課後は毎日君の部屋にお邪魔する事になる。よろしく頼むよ、キョン」 ポニーテールは、魔物だ。有無を言わさぬ力がそこにはきっと宿っている。俺はこの日、その事をこれでもかと思い知った。 そこからの佐々木の手並みは鮮やかの一語に尽きた。俺から今回の期末考査範囲のプリントを渡されるや否や、待っていて欲しいと言い残し十分間の離席。帰ってきて俺に確認を促したメモ帳にはページではなく内容の書かれた出題範囲表が出来上がっていた。 「どこでこんなもの調べてきたんだよ?」 「どうして僕が今日、駅前を選んだと思う? 答えはね、君の学校の教科書を取り扱っている書店が近くに有るから、さ」 なんだろうなあ、この無駄な行動力は。口には出さんが、にしたって誰かさんによく似てる。 佐々木はメモ帳を見ながら一分ほど試案し、これなら大丈夫かなと小さく呟いた。何が大丈夫なんだよ。後、その大丈夫に俺の身の安全は含まれているんだろうな? 「いや、幸いにも君が受ける期末考査の範囲を僕はもう修学していてね。これなら何とか君の役に立てそうだと内心胸を撫で下ろしていたところだったんだ、キョン」 「ああ、光陽園は進学校だからな。授業の進みも早いってことか」 北高の授業内容ですら振り落とされてしまっている俺からしたら、狂気の沙汰だ。本当に脳の基幹から構造が違っていたり、などと疑う俺を誰が責められようか。 もしかしたら脳外科に行ってCTスキャンが必要なのは俺だったりすんのかね? いや、冗談だ。 「詰め込むだけの授業には正直うんざりしていたのだけれど、しかし今だけは感謝しなければいけないな。そのお陰で…………いや、なんでもない」 少女が珍しく言葉を濁す。 「どうした、佐々木?」 「別に。どうもしていないよ」 ならば、その頬にわずかばかり朱が差して見えるのは窓の外のレッドライトでも映り込んでいるのだろう。 「明日から楽しみにしていてくれ、キョン」 ……やっぱりコイツ、楽しそうだな。 結局、勉強会とは名ばかりの一つも勉強しない会、もしくは勉強会イヴはそこで早々に幕切れとなった。親友改めの家庭教師は明日からの教材の用意が有るからと早々に帰途へと着き、後には俺とホットコーヒーが残された。 ……あれ? 何か忘れてるような。 「大変お待たせ致しました。こちらベーコンポテトパイになります」 店員さんがスマイルゼロ円を顔に貼り付けて、番号札と入れ替わりにパイをトレイの上に置く。そうだそうだそうでした。注文をしておきながらすっかりパイの存在を忘れちまってた。 でも、まあそんなのは正直今更どうでもよくって。 「あのー……前にも同じような質問をした気がするのですが」 「はい、なんでしょうか?」 立ち去ろうとした店員さんを引き止めて。 「――なにやってるんですか、喜緑さん?」 おいコラ、宇宙人。神出鬼没なのは十分分かったからもうちょっとこっちの心臓に優しい出現を心掛けちゃくれないものか。 北高における先輩でコンピ研部長の彼女でいつのまにやら生徒会で書記をやっていたりして、ああ、春には喫茶店でバイトもしていたか。喜緑江美里さん。何を隠すでもない、長門の同僚である。 「なにって、バイトです」 見て分かりませんか、みたいなニュアンスで言うのはどうか止めて貰えないだろうか。こっちだって間抜けな質問をしているのは分かっていたし、どんな答えが返ってくるのかも予想は出来ちゃいたんだ、マジで。 それでも聞かざるを得ない気持ちをどうか汲んで貰えたら助かる。 溜息が一つ、自然と口から転げ落ちた。 「俺の護衛……いや、観察ですか」 宇宙人、喜緑江美里は笑った。でも、俺は知っている。 「それが私の役割ですから」 俺は知っている。宇宙人は笑わない。 「出来れば学校側には黙っておいて下さいね。私がバイトしている事」 そう言って先ほどまで佐々木が座っていた空席に彼女は腰掛ける。周りの学生達は店員が着席したことに何の反応も示さない。きっと他の店員が見ても咎める事は無いのだろう。 喜緑さんを視認出来ないのか、認識出来ないのか、はたまた俺にはちーっとも理解出来ない何かしらか。なんでもいいさ。宇宙人ってのはなんでもありなんだ。 バイト云々を学校に密告したところで揉み消されるのは目に見えてる以上、俺としちゃそんな非生産的な行動に出る意味が無い。 「はあ、分かりました。……それにしたって珍しいですね」 いつの間にか喜緑さんの手元に俺とおそろいのホットコーヒーが出現していたが、これも驚愕には値しない。こう複雑怪奇な日々が続いては、俺の感受性は抗いようもなく鈍化を続けまったくもって悲しい限りだ。 「なにがでしょう?」 「長門ではなくあなたがこうして俺の前に出て来る事が、ですよ」 俺の担当は長門だと思っていただけに、長門以外の宇宙人が出て来てしまえば警戒の色は隠せない。宇宙人と俺の綱渡りよりもまだ微妙なバランスは不用意な一言で簡単に崩れてしまうガラス製。 裏を返せば長門をそれだけ信頼しているって事なのだが。アイツにばかり負担を押し付けるのもよろしくない。 たとえそれが宇宙的、未来的、超能力的はたまたハルヒ的な事件であったとしても、だ。出来ることなら自分でなんとかしようと思いつつも、それにしたって俺なんかに何の用だろうね、喜緑さんは。 まーた無理難題を俺に押し付けようとしているのか、それとも彼女自身が直接的な危機ってのだって十二分に有り得る話だ。 もしかして機嫌を損ねたら俺は割とあっさり死んだりするのだろうか。ヤバい、ちょっと緊張してきた。ライオンの檻に入っていく飼育員の気持ちってのは案外こんなものなのかも知れないぜ? シリアス展開にはどうにも縁遠いバーガーショップなのにさ。 言ったところで。宇宙人ならタスマニア砂漠のど真ん中であってすら密室殺人も可能だろうよ。 「ああ、それなら」 宇宙人少女は何もない中空を見つめた。時間にして十秒ってところか。母船と交信でもしていたのだろう。SFだね。 「ふふっ。長門さんは取り込み中のようです、今も。自分から言い出したこととは言え、彼女も大変そうですね」 取り込み中? 笑顔で誤魔化そうとしているのか知らんが、ちょっとその不穏な語句は聞き捨てならない。一体、長門の身に何が起こっていやがるってんだ。事と次第によっては俺は暴れるぞ。ハルヒだってだ。 「脅さないでください。それほど身構える事態ではありませんから」 喜緑さんはコーヒーを一口飲んで、 「猫を飼っているんですよ、彼女」 と、言った。ねこ……猫? あの長門が!? まったくの予想外だ。事実は小説より奇なり。宇宙人も猫を飼うとはいやはや二十一世紀を実感する出来事だ。いや、でもあのマンションってペット禁止でしたよね? 「そうですよ。まあ、私達にペット禁止などと言われましても無意味と言いますか、逆にその拘束力の無さに困ってしまうのですけれど」 あの気の良さそうな管理人のおっさんに催眠術を使ってペット禁止を撤回させている長門の図が即座に思い浮かんでしまった。ああ、アイツは本当に魔女の格好がよく似合う――じゃない。 「マンションの問題は問題ですら無いと言うのは分かりましたよ。ですが、喜緑さん。長門に猫を飼育するなんて少しハードルが高い気がしませんか?」 「と、言いますと?」 彼女は訳が分からないと小首を傾げる。ああ、動作は非常に可愛らしいが騙されてはいけない。擬態という言葉を辞書で調べて貰えれば俺の危惧の十分の一くらいは理解して頂けるだろうことと思う。思いたい。 「生き物を世話するというのは非常に難しいんです」 かく言う俺もいまだにシャミセンから引っかき傷を貰ったりする。知識はともかく情緒の面では俺の妹ともしかしたらいい勝負なのかもなと思えたりもするあの宇宙人少女にとってそれは、やはり少しばかりハードな気がした。 しかし、喜緑さんは俺の心配を払拭するように首を振って。 「有機生命体のメンテナンスくらいなら長門さん一人に任せておいても問題ないでしょう」 「……メンテ……ナンス、ですか」 ――そっか。そうかい。 やっぱりそういう了見なんだな、アンタ達は。俺たちとは違う。ああクッソ、落雷に打たれたような気分だ。 長門は喜緑さんとは違うと、俺たち側になりつつ有るんだとそう思いたい。そうだな、帰りはちょいと遠回りしてアイツの部屋に寄ってやるか。猫飼育の先輩として色々レクチャーしてやれる事も有るだろうし。 残りのコーヒーを一息に啜って席を立……あれ? 尻が椅子と癒着してる? ちょ、コレって。 「ダメですよ。長門さんは一人でやると言って、助けを求めてくるまでは私も朝倉さんも不干渉という事になっているんです。あなたばかり彼女の世話を焼こうだなんて、ズルいでしょう?」 あー……あー、分かった。本当はちっとも分かっちゃいないが、とりあえずその猫は心配なさそうだしそっちに任す。まあ、何か有れば喜緑さんと朝倉が早急に対処する以上、俺に出来ることはなさそうだ。 よくよく考えなくとも核シェルター十個分よりも安全で、ブラックジャック百人分よりも安心なんだ、あのマンションは。後はその猫がオーパーツにならない事を祈るだけだな。もしも喋りだしたらシャミセンマークツーとでも刻んだ首輪を進呈してやろう。 「なら、そっちはよろしくお願いします、喜緑さん」 「はい、任されました。そう言えば今日、文芸部室で長門さんと接触しましたか?」 接触? ああ、会話の事か。 「ええ、まあ。とは言ってもあの通り、言葉数の少ないヤツなんで二、三話したくらいで」 長門との会話は言葉のキャッチボールと呼ぶにはあまりに歯応えが無いのだ。例えるならば壁に向かって一人でボールを投げているような。「……そう」だとか「……わかった」だとか「……どうぞ」だとか。 まあ、言ってもそんな反応も慣れ親しんではいるので今更特に何も思ったりはしないのだが。 「普段通りでしたが……それが、何ですか?」 彼女は小さく、しかし高速で口を動かした。久しぶりに見る宇宙人スキル「謎の呪文」、彼女達の言葉で言えば「情報操作」だったか。何をしているのかと思ったら、唐突に尻が椅子から離れた。ようやく解放して貰えるらしい。 「あまり、彼女に負荷をかけないであげて下さいね。普段どおりに見えたかも知れませんが、あれで文芸部室と自分の部屋に同時に存在するという離れ業を行っている最中なんです」 ほほう。つまり、「長門有希の分裂」ってか。底抜けに器用なヤツだぜ、本当に。でもって底知らずで器用貧乏だ。学校に行きながら、部屋で猫の世話を一人こなす。まったく、妥協を知らないアイツらしい。 だが、猫の世話に奮闘する長門有希の想像は、なぜだか妙に可愛らしかった。 「分かりました。ハルヒにもそれとなく長門の読書の邪魔はするなと伝えておきます」 喜緑さんは俺の返答を聞いて満足そうに微笑んだのだった。それを見て俺は、宇宙人が本当の意味で笑えるようになるのはいつの話になるのだろうなんて、まるでSF作家みたいな事を考えてしまっていたんだ。 翌日の放課後、私用が有るから今日は文芸部室に顔は出せないとシンプルに告げた俺に対してハルヒは当然だが詰問した。主に「私用」の中身についてだ。 文句の付けようしかないプライバシの侵害だと思うのだが、団員のスケジュールをきちんと把握しておくのも団長の務めだとか妙ちきりんな理屈を、なぜだか正当っぽく聞こえるように捏ね回させれば涼宮ハルヒの右に出るものはそうそう居ない。少なくとも俺は見たことが無い。 よくもこうぽんぽん言葉が出てくるものだと呆れ半分で感心してしまう。口から産まれたって言葉が有るが、恐らくハルヒの生誕を予見してやがったんだろうな。そうとしか思えないくらい、ここまでコイツを言い表すのにしっくりとくる慣用句が見つからない。 「何よ! 言いたくない、もしくはアタシには言えないような内容だったりするワケ?」 「そういう事を言ってるんじゃない。ただ、なぜ俺はお前に洗いざらい白状せねばならんのかと言っているんだ」 犯罪者にだって黙秘権は認められてんだぞ。法治国家万歳。 「怪しいわね。別になんてことのない用件だって言うならさらっと報告すればアタシだって鬼じゃないんだから」 ――どうだか。 「帰宅の許可を出すわよ」 もちろん、それが正当で真っ当な休暇願ならばとハルヒは付け加える。挑発的にこちらを見るその瞳が、なぜだか今日は酷く癇に障った。 どうしてだろうな。いつもならさらっと流すようなやりとり、であるはずなのに気付けば俺は噛み付いていた。反論を始めていた。家庭教師が来る初日だから早めに帰って自室の掃除をしておきたい。たったそれだけの話じゃないか。 なぜそれが言い出せない、俺? 「――帰宅の許可を出す、だと? それってのはつまりお前の許可が無ければ俺は家に帰ることすら出来ない、そう言ってるのか?」 俺の心に宙ぶらりんと引っ掛かったものはただの言葉。たったの一文。 「……決まってんでしょ」 過ちに気付いたのだろう少女が一瞬、視線を彷徨わせる。その顔には「やってしまった」と書いてあったがお互いもう止まれそうにない。 謝れない少女。 俺の知っている涼宮ハルヒとは我が侭放題だが人を所有物扱いはしない。 去年の夏、映画撮影の一件以来それだけはしなくなった。こんなヤツだが着実に成長しているんだなと思っていた安堵感? 期待感? まあよく分からんが、つまりは「ソレ」を裏切られた気がしたんだな、俺は。 それだけはして欲しくなかった、とか思っちまったワケさ。いや、ハルヒだって本気で言っているんじゃあない。口を滑らせただけだ、などと思えたらよかったのに。 だってのに俺の心は広くない。 「ハルヒ、お前は何様のつもりだ――団長サマ? はっ、笑わせんな。『団長サマ』ってのはそんなに偉いのか?」 だから、言葉が出てしまう。売り言葉に買い言葉。ハルヒは予定調和の如く反論する。 「偉いわよ。当たり前でしょ? SOS団の団長は神聖にして不可侵なの。団員はアタシの言うことには従う。それで全ては上手くいくのよ!」 ハルヒはこんな妄言を本気で言ってるんじゃない。分かってる。分かって……いるんだ。ただ、俺の言葉に条件反射的な応対をしているだけ。本意じゃないことを示すように、ソイツは口の中で苦虫を噛み殺してる。 気付け。この気分の悪いやりとりを終わらせてくれ。そう眼で訴えかけてきているのに。 「……分かった」 俺はそれを黙殺した。 「だったら俺は」 ハルヒが俺をキッと睨み付ける。でも、その視線には慣れ切ってしまっていたから抑止力なんてのは一切無い。台詞は止まらない。 いつの間にか、完全に頭に血が上っていた。 「SOS団を抜ける」 ――――あれ? ――――――――今、一体何を言ったんだ、俺は?
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涼宮ハルヒの憂鬱 涼宮ハルヒ 鶴屋さん
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第六章 とりあえずあの未来人…これからは俺(悪)としておく、によると俺はあの二人を何とかせねばならんようだ。 長門なら朝倉と一対一なので大丈夫だろうが古泉はあのアホみたいな顔をした巨人約50匹と戦っている、一匹でも数人がかりなのにな、かわいそうなこった。 やはり俺とハルヒが最初に閉鎖空間に閉じ込められたときと同様、ほかの機関の超能力者は入って来れないようで一人で戦ってるように見える。 俺は走って病院の駐車場に走った、窓から見るに古泉は病院に近いところににいる神人から倒しているようだったので。比較的近くにいたのですぐに古泉の下まで来れた。 「古泉!大丈夫か?」例の赤玉姿なのでやつの状態はわからないので聞いてみた。 「大丈夫です、涼宮さんはのほうは大丈夫ですか?」古泉は非常につらそうに言った。 「ああ、いろいろありすぎたが多分大丈夫だ。半分はな。」手伝えることが無いのはわかっていたがとりあえず聞いてみた。 「半分?まあいいでしょう、あなたが大丈夫だと言うなら大丈夫です。実はほんのちょっと前にわかったんですが、涼宮さんの能力を消去できるツールがあるようです。いったいどこにあるのかはわかりませんが存在していることは確かのようです。できればそれを探してきていただけませんか?恐らく近くにあるはずです。 一応言っておきますが何故わかったのかと言うとわかってしまうのだから仕方がありません。」 そんなモンが近くにあるのか?タイミングがよすぎるだろう。だがここはしかたない。 「わかった、探してくる。それがあれはハルヒは普通の人間戻ってこの巨人どもも消えるんだな?それまで持ちこたえてくれよ」 俺は古泉がニコッと微笑んだように見えた。そして古泉は返事をしなかった。 とりあえずそのツールとやらを探そう、古泉によるとこの近くにあるんだよな、とりあえず情報が少なすぎる、長門なら何かわかるかもしれない。 とりあえず病院内で朝倉と交戦中の長門のところに行って聞いてみることにする、なに場所なら簡単だ、どっかんどっかん言っているところがそうに違いない。なぜ病院が崩れないのかが不思議だ。 朝倉の目的は恐らく俺なので攻撃してくるだろうが長門が何とかしてくれるだろう。全く長門には頼りっぱなしだ。俺は恐らく長門と朝倉が戦ってるであろう場所を目指し走った。 爆音地に着くとやはり朝倉と長門がいた、長居は無用なのですぐに用件だけ伝えた。 「長門!古泉によるとハルヒの能力を消すツールがこの辺にあるらしいんだがどこにあるのかわからないか?」 すると高速で朝倉のどっかの細目の警官のような突きを交わしながらなんと俺のほうを指差した。 何?俺?俺がそのツール?いやいやありえねーよ、そんなわけが無い。まさかそんな真実があったなんて、やっぱ俺の正体も何かしら隠されてたのかー…などと喜んでいいのか悲しんだらいいのかよくわからん状態になってたら長門が「その後ろ。」 やっぱり?でー俺の後ろ?俺の後ろには何も無いぞ?と思った瞬間さらに長門が心を読んでいるのか「もっと。」だと。 なるほどね、ヒントはもらった。 つまりはこの方角のずっと先にあるってことね。「サンキュー長門。」 そうして走り出そうとし後ろを向いたとき、長門がそっと言った。「sleepingbeauty…」 またこれか…今はそんなこと気にしてる場合じゃない。「サンキュー長門」と言いなおしとっとと外に出た。 そして俺が長門の指した方向を見て俺はおどろいた、なんと見覚えのある大豪邸だ、言うまでも無くあれは鶴屋邸だ。 そうするとそのツールとは恐らくあのオーパーツの事だろう、そういえば10cmくらいの棒って…そんなお菓子があったような…、 なるほど。だいぶ話が見えてきたな。などと考えつつ鶴屋邸を目指した。病院から鶴屋邸までは5分も走れば何とかなる。 5分たったころには俺は鶴屋邸に着いた。 とりあえずとっととオーパーツを探そうとしよう。ここも閉鎖空間の範囲内なので誰もいないので大丈夫なはずである。 泥棒のような感じで嫌なのだが世界がかかってると言うことになると話が変わってくる、俺は鶴屋邸に不法侵入…もとい家宅捜索を開始した。 手当たり次第に探すのも効率が悪いので金庫などを調べてみようと思う。 ……………………………………………………………………………………………… …………………………………………あれ? 金庫ぶっ壊したり手当たりしだい金目のものを隠してあるような場所を探してみた が見つからない。 30分は探しているが見つからない。 どこにあるんだ、俺はある場所以外を懸命に探していた。 それは鶴屋さん本人の部屋である。 いくらなんでもそれは鶴屋さんに悪いと思ったからだ。 しかしなんとか世界を救うためと自分に言い訳をして彼女の部屋に入った。 そして俺は驚嘆した、なんと例のオーパーツがなんと彼女の学習机の上においてあったのだ、メモのようなものもあった。 「キョン君がんばってくるにょろよ。」 全く…この人には驚かされてばっかりだ。 わかってるのかわかってないのか、なにものなんだろうか。 ていうか何をがんばるのか、その辺を詳しく書いて欲しかったな。 さて長居は無用である、すぐに病院に戻って何とかしなければならない。 古泉を何とかしてやらないとな。 俺は必死に病院を目指し走った。 しかしこれはどうやって使えばいいんだろう、古泉は何も言ってなかった。 ハルヒに向かって振ればいいのか? 1つだけ心当たりがあるのだが…恐らくこれは無いので今は考えないでおこう。 あれこれ考えているうちに病院に着いた。 俺は古泉に一礼し病室へと急いだ。 長門もまだ戦っているようで爆発音が鳴り響いていた。 朝比奈さんは気絶したまま、未来人も腕組んで壁にもたれてて、ハルヒは朝比奈さん(大)と話ていた。 一応聞いてみる。 「ハルヒ、この金属棒でお前を何とか直せるかも知れん。やり方とかわかるか?」 当然ハルヒがわかるわけも無く、首を横に振った。 「おい、そこの未来人。これの使い方わかるか?ていうかわかるだろ。教えてくれ。」 未来人は顔色一つ変えずに「教えない、これは俺の規定事項だ。お前にとってもそうだろう?朝比奈みくる。」 「ええ、そうね。でもこれは私の抵抗、キョン君。あの時の…最初のヒントを思い出して頂戴。」 最初のヒント…白雪姫か。 「わかりました。」 俺は考えた、ここは閉鎖空間であり、長門はsleepingbeauty、朝比奈さんは白雪姫。 やっぱあれか。じゃあこの金属棒はどうするんだろう。今は考えてばかりいる場合ではないような気がする。 何かしらの行動を起こしてみるか。 じゃあやはり学校に言ってみるか。あの時のようにすればいいのかもしれない。 思い立ったが吉日だ。 「おい、ハルヒ。お前外に出る余裕あるか?学校に行ってみよう。何かわかるかもしれない。」 ハルヒは一瞬考えて首を立てに振った。いつも主役なのに空気過ぎないか?お前。 とりあえずハルヒと俺だけの二人だけで学校に向かうことにする。 第七章
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春休みの非常にうれしいハプニングが昨日のことのように感じる今日、始業式だ。 無事に進級を果たし、新しいクラスに胸を踊らす・・・なんてことは無いと言えばうそにはなるんだが。 ま、ちょっとは期待していたわけだ。 すぐに、その期待は裏切られたわけなんだが。 俺とハルヒは2年5組で席も同じだ。谷口に国木田も阪中までも一緒だ。変わったのは2人ぐらいだろうな。 ちなみに、俺が知ってるのは古泉は9組、長門は6組、朝比奈さんと鶴屋さんは同じクラスらしい。要するに前と同じだ。 面白みのかけらもないクラス編成に文句をいいたくなるやつも出てくるだろうが おそらく無理だな。 神様が決めたことなんだから。 ま、そんなことは予想出来てたわけなのだ。 だから、実のところ少しもがっかりしていない。 そして、また実を言うと俺は今ハルヒと二人きりだ。なぜかって? 俺が珍しく早起きしたからだな。 「おう、ハルヒ」 「ん、おはよ。キョン」 ずいぶん、おとなしくなったなこいつも。 「元気か?」 「なに言ってるの。昨日不思議探索したじゃない」 正しく言えば買い物だ。それも、朝比奈さんのコスプレをだな。 さりげなく、自分のも買っていたようだな。ま、それというのも俺が前日電話で 「なあ、ハルヒ」 「なによ、こんな時間に」 「俺、実はポニーテールの次にウェイトレス萌えでもあるんだ」 「な、何言ってるの!?・・・フフーン。まあ、考えとくわ」 「よろしく」 なんてことを吹き込んだからな。午後が楽しみだ。 すると、以外にもう教室が埋まってきていた。 「おい、キョン!」 「なんだ?谷口。あ、国木田もいたのか」 「おはよう、キョン」 「で、なんだ谷口」 「なんで、クラスのメンバーが全然変わらないんだ! そして、お前いつから、涼宮と付き合ってるんだ?」 谷口の話を反対の耳へ受け流す体制をとっていた俺の脳内は 非常に動揺した!なぜ、それをこいつが・・・いや、待てハッタリかもしれんぞ 「なにいってるんだ?お前・・・頭がおかしくなったのか」 「とぼけるなよ!・・・だって涼宮の野郎が言ってたんだぞ」 「・・・どういうことだ?」 「いや、この前・・・ 「あー、ヒマだ。キョンにナンパ断られるし・・・アイツ彼女でもできたんじゃないよな?」 チロチロチロ~ン 「いらっしゃいませ」 「えーと、菓子でもないかな~KAKAKA菓子はどこ~♪」 「キョン~キョン~愛しのきょん~♪」 (・・・なに?やはり、キョンのやつ彼女つくってたのか・・・ん?この声は涼宮じゃねえのか?) 「キョン~」 「やっぱりだ・・・」 ・・・と、いう出来事があってだな」 ハルヒ・・・なんちゅう失態だ。 俺としてはうれしいんだがな。すごく 「実はそのとおりだ」 「いつの間にお前は!まあ、アイツなら俺は文句はいわん。 あんな変な女を手に負えるのはお前だけだ。 国木田の言った通りだよな。本当にお前は変な女が・・・」 「谷口・・・おまえちょっとこい」 「ははははは。バカだなぁ谷口は。まあ、頑張って」 「いや、ゴメン本当に俺が悪かった。スマン。いや、今のは冗談。やめてくれぇ・・・・・」 「後悔先に立たずって知ってるか?」 「キョンの言う通りだなぁ。自業自得だよ」 「ぎゃあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁあああああぁぁぁぁああああああああっぁあああぁぁぁ!!!!!!」 この悲鳴が誰のものかは言うまでもないだろう。俺が出させた悲鳴だしな。 「うううぅ・・・」 「これでよし」 ガラッ 「よーし。席につけ~」 入ってきたのはもちろんハンドボールバカ岡部だ。 なにが変わっているんだろう。 「今日は転校生がいる」 一部の人間がおおおおと歓声もどきをあげている。 そして、男衆の目が輝きだしたぞ。特に谷口だ。女でありませんように。 「入ってこい」 よかった。男だ。男衆はみんながっくり来ている。 どんなやつなんだろうか。 「カナダの日本人学校から来ました。 長門有樹です。2年6組の有希の双子の兄です。 これから、2年間お願いします」 ・・・なに。長門の兄って明らかな、インターフェース宣言してるじゃないか。 皆が知る由もないが。 そして、谷口の目が輝いているのが気になる。おそらく、あいつの力で近づこうってことだろう。長門にだ。いや、有希だな。 ・・・こいつが来ると、ややこしい事になるぞ。 にしても、思念体はカナダが好きだな。 「うーん。有樹君は涼宮の後ろに座ってくれ」 よりにもよって、一番マズイ場所へと・・・ ハルヒの目は?マズイな。こりゃ明らかな勧誘だ勧誘パーティーだ。 朝のHRが終わると、即話しかけているやつがいる。もちろんハルヒだ。 「あなた有希の兄ってホント?」 「はい。いろいろとわけあって離れて暮らしていましたが、 二週間前にここで住み始めたんですよ」 「ふうん。にしても、有希と違ってずいぶんおしゃべりなのね そして、丁寧言葉なんて」 「あれ?素でしゃべっていいですかね?」 「別にいいわその方が、なじみやすいわよ」 「そうか。じゃいいや。で、なに?」 ・・・驚きだ。なんだこの豹変ぶり。普通の高校生っぽい話し方なんだが。驚きだ。 長門のほうが・・・ああ!有希の方もしゃべるとこんなのなのか?」 「単刀直入に言うわ!SOS団に入りなさい!」 「いいなそれ。人助けか」 いや、本当に単刀直入でいいな。 そして・・・このインターフェースは何も知らないのかも知れない。バカか。 「違うけど、それでいいわ!いい、放課後絶対に部室に来なさい!」 「いや、部室なんて知らないんだが」 「わかったわ。ちょっと、キョン!有樹を放課後案内しなさい!」 「わかったよ」 そんなこんなで、放課後だ なぜ、有樹について聞かなかったって? 当り前だろう。部室で聞けるからだ。 第一章
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赤い光球は猛スピードで神人に接近すると、その回りを小刻みに円を描くような動きで飛びだした。 赤い光球が円を描くたびに神人の体が切り取られていく。 やがて神人は十数個ものパーツに切り分けられ、崩れ落ちていった。 朝倉「そろそろはじめよっか」 そう言うと朝倉は両腕を地面に突き刺した。 長門「逃げて」 オレたちの足元から朝倉の腕が飛び出してくる。 すんでのところで、ハルヒは朝比奈さんを抱えて、長門はオレを抱え、それぞれ 横っ飛びで回避した。 二手に分かれたオレたちに向かって、朝倉の腕がさらに追撃してくる。 長門「やらせない」 長門はすばやく呪文をつぶやき、朝倉の腕を消滅させる。 キョン(ハルヒと朝比奈さんは・・!?) まずい!横っ飛びで倒れたままのハルヒに朝倉の腕が迫っている! キョン「ハルヒ!」 そのとき、朝比奈さんがハルヒの体を突き飛ばした。 みくる「ぐ・・うぅ・・・」 見ると、朝倉の腕が朝比奈さんのわき腹に突き刺さっている。 ハルヒ「みくるちゃん!・・アンタよくも・・よくも!!」 みくる「ダメ・・・涼・・宮さん」 朝比奈さんがハルヒの腕をつかんだ瞬間二人の姿が消え、オレたちのそばに現れた。 キョン「朝比奈さん!!長門頼むッ!」 長門「まかせて」 長門が朝比奈さんのわき腹に手を当てる。出血は収まったが、今の長門の能力では 完治させるには程遠いようだ。 朝倉「これで一人リタイヤね。・・あれ?どうしたのキョン君、もっと怒らないの?」 ハルヒ「アイツよくも!許せない!絶対許せない!!」 キョン「落ち着けハルヒ!考えなしに突っ込めば朝倉の思う壺だ!」 ハルヒ「アンタよくも落ち着いてられるわねッ!!みくるちゃんがやられたのよ!」 完全にハルヒの頭に血が上りきっている。 キョン「朝比奈さんは大丈夫だ!長門がちゃんと見てくれてる。・・落ち着いて聞いてくれ。 こうなった以上、朝倉を倒すのはオレたちの役目だ」 ハルヒ「・・・」 キョン「長門は朝比奈さんから手が離せない。古泉があのでくのぼうを倒すには もう少し時間がかかるだろう。朝倉の相手をできるのはオレたちしかいない」 ハルヒ「わかってるわよそんなこと!だから今からアイツに一矢報いてやるのよ!」 キョン「それじゃダメなんだ!・・いいか、お前には世界を変える力がある」 ハルヒ「・・なにいってんの?それはアンタが持っている力で・・」 キョン「違うんだ。オレたちのSOS団ではそうじゃないんだ。 ・・SOS団の団員はみんなお前が集めてきただろ。お前は適当に選んだ って言ってたけどそれはウソだ。 それぞれ立場は違うけど、みんなお前が願ったからこそSOS団に来たんだよ」 ハルヒ「・・・」 キョン「もちろんオレだってそうだ。お前が願ったからオレはお前の前に現れた。 ・・そして一緒にSOS団を作った。そうだろ?」 ハルヒ「・・・私が?」 キョン「そうだ。SOS団はそれでいいんだよ。お前が中心でなきゃ駄目なんだ。 お前を中心に動いてるのがSOS団なんだよ!世界なんざそのオマケだ」 ハルヒ「キョン・・・」 長門「‥sleeping beauty」 少し、寂しそうに長門がつぶやいた。 キョン「前にも言ったよな。いつぞやのお前のポニーテールは 反則なまでに似合ってたって。・・・だからお前が髪を短くしたときは ちょっと残念だったんだぜ」 そういうとオレはハルヒの肩を寄せ、唇を重ねた。 瞬間、強烈な光がハルヒから放たれた。その光は除々に強さを増していき、 やがて目も開けていられなくなる。 朝倉「うそ・・なにこれ?なんなのよこのエネルギーは!」 やがて光が収まると、そこには黄金色に輝くハルヒがいた。 朝倉「そんな・・・」 ハルヒ「よくもやりたい放題やっちゃってくれたわねぇ。この借りは高くつくわよ。 ・・そうね、三十倍返しってトコかしら!」 朝倉「なんであなたがそんなエネルギーを!?ウソ、ウソよ!」 ハルヒ「戒名は考えるヒマはないからやっぱやめよ。覚悟しなさい!」 ハルヒは一瞬で朝倉の前に立つと、右手をかざした。そこから再び 目もくらむような光があふれ出す。 光を浴びた朝倉の体が結晶の粒となり、拡散していく。 ハルヒの体から放たれていた輝きも、少しずつ収まっていった。 朝倉「結局やられちゃったか・・・ホント、あなたたちには負けっぱなしね」 キョン「リベンジはいつでもいいぜ。また返り討ちだ」 朝倉「あーあ、なんだか長門さんがうらやましいな。こんなに素敵な友達がいるなんて」 ハルヒ「SOS団に入りたかったらいつでも来なさい!ただし、このキョンと同じ 雑用でよければだけどね!」 朝倉「・・考えておくわ。でもちょっと遅かったみたいね」 朝倉はすでに全身が結晶の粒と化していた。 朝倉「ねえキョン君、そろそろちゃんと誰かを選んであげたほうがいいんじゃない? あんまり待たせるのはよくないと思うな・・・」 キョン(・・・・・) 長門「・・・さよなら」 朝倉「またどこかで会えるといいね・・・じゃあね」 結晶の粒は音もなく崩れ去り、やがて消滅した。 古泉「キョン君!こっちは・・どうやら終わったようですね」 古泉はゆっくりと降下しながら言った。どうやら神人退治のほうも片付いたようだ。 キョン「ああ。ハルヒが終わらせてくれたよ」 みくる「キョン君、涼宮さん・・すごいです!」 いつのまにか朝比奈さんがオレの横にいた。朝倉から受けた傷は完治しているようだ。 キョン(さっきのハルヒの光・・あれのおかげかもな) 長門「閉鎖空間が消滅する」 朝倉涼子の消滅とともに世界を覆っていた灰色の空が除々に割れ、 その隙間からオレンジの光が差し込んできた。亀裂は空全体に広がっていき、 やがて元の夕焼けに戻った。 古泉「考えてみれば、我々SOS団はキョン君が生み出した閉鎖空間内部に存在していた わけですから、全員で現実の世界に来たのはこれが始めてということになりますね」 ハルヒ「・・・・・」 みくる「でも・・これでお別れですね」 キョン(!・・そうだ。オレの能力はあとわずかで消える。そしたらみんなは・・) 長門「もしもあなたが望むのなら・・」 長門がおもむろに口を開いた。 長門「あなたが望むなら、限定的に時空改変を行うことは可能」 キョン(長門・・・) 古泉「たしかに、さきほどの涼宮さんの力とキョン君の能力を合わせれば、 それもありうる話でしょう」 長門「SOS団の存在を現実化できる」 しばらくの間沈黙が続いた。オレは・・みんなと離れたくない。 キョン「みんな・・オレ・・」 ハルヒ「・・だめよキョン!そんなことしたら、私たちの代わりに現実の私たちが消えちゃうのよ・・」 古泉「たしかに、改変によって僕たちが現実化すれば、今現実にいるほうが代わりに 消滅することになるでしょう。それは多少後ろめたい気がしますね」 キョン「だって、このままじゃみんな・・・消えちゃうんだぞ・・」 ハルヒ「消えないわ!」 ハルヒが力強く叫んだ。 古泉「そうです。僕たちは元々あなたにアイデンティティを与えられた存在です ・・・元となったモデルがいたとしてもね」 みくる「だからこの実体が消えたとしても、キョン君が私たちのこと覚えててくれる限り、 私たちはずっと存在することができるんですよ」 キョン「古泉・・朝比奈さん・・・」 長門「概念的な話ではない。あなたが作り出したSOS団は、数ヶ月前に 閉鎖空間が消滅した後も確かに存在していた」 キョン「長門、本当なのか・・?」 ゆっくりとうなづく長門。 ハルヒ「だからねキョン!最後は・・私たちSOS団自体の願いをかなえるってのはどう?」 キョン「・・ハルヒ」 ハルヒ「実際もう半分以上かなえられちゃってるようなもんだけど、ね?」 キョン「・・そうだな。SOS団の目的はずっとそれだったもんな」 オレは長門、古泉、朝比奈さんの顔を順に見た。それぞれ、無言でうなずき返してくれた。 ハルヒ「じゃ、決まりね。キョン、手を貸して」 オレはハルヒに右手を差し出した。ハルヒはオレの手を強く握る。 ハルヒ「せーのでいくわよ」 キョン「おう。・・それじゃいくぞ」 ハルヒ「せーの!」 ハルヒ・キョン『宇宙人や未来人や超能力者を探し出して、一緒に遊びたい!!』 その瞬間、オレとハルヒを中心に強い光があふれた。 まばゆいばかりの光はさらに強さを増していき、やがて七色に輝く帯となって、 空に向かって無数に放たれていった。 みくる「わあ!きれい・・・」 古泉「・・幻想的な光景ですね」 キョン(・・もしかしてオレたちの願いは、世界中に届けられたのかもな) ハルヒ「願い事、かなうといいわね」 キョン「・・ああ」 古泉「・・キョン君。そろそろお別れの時間のようです」 みくる「キョン君・・・絶対に私のこと・・わ、忘れないで下さいね」 古泉はにこやかに、朝比奈さんは目をうるませながら言った。 ハルヒ「・・じゃあねキョン。あんたが宇宙人でもとっつかまえたら、また見にくるわ」 キョン「ハルヒ・・みんな、また会おうな」 ハルヒたちはやがて、光にすいこまれるようにして消えていった。 3人がいなくなると、空は再び元の夕焼けに戻った。 キョン「えらくあっさりと消えちまったもんだな、長門」 長門「消えたのは実体だけ。存在は確認できる」 キョン「それってもしかして、お前の親戚みたいなもんか?」 長門「情報生命体とは概念が異なる存在。・・言語では理解困難」 キョン「・・いいさ、なんとなくわかるから」 長門「そう」 キョン「ああ・・そうさ」 ふいに、長門がめまいを起こしたようにふらついた。 キョン「おい、大丈夫か?」 オレはとっさに支えたが、長門はかなり消耗しているらしい。 長門「・・エネルギーを使いすぎた」 キョン「今日一日でかなり無理させちまったからな・・お前も、もういっちまうのか?」 長門「いつでも会える。・・あなたの願い」 キョン「・・そうだったな」 長門「・・いつでも、あなたのそばに」 言いおわると、長門は気を失った。 キョン「みんな行っちゃったか・・・」 長門を横に寝かせると、オレは再び海に向かって腰をおろした。 キョン(今日一日で、いろんなことが起こりすぎたな・・・) まるで一瞬にして何年もすぎていってしまったような感じだ。 キョン(やっぱり少し寂しいや・・・) 夕日が沈み、あたりが暗くなる頃に長門が目を覚ました。 長門「・・うーん、あれ・・・私・・」 ゆっくりと身を起こす長門 長門「あ、キョン君?・・・よね。ここは・・・?」 どうやら、元の長門に戻ったようだ。 キョン「ああ、今さっき全部片付いたトコだ」 オレは笑顔で、長門にそういった。 長門「え・・・?全部?」 キョン「ああ、全部キレイさっぱりだ。そろそろ帰ろうぜ」 長門「う、うん」 事情を話すわけにもいかないので、オレはテキトーにごまかした。 状況をいまいち把握できていない長門をせかして、オレたちはここを後にした。 9話
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…… 「な…とさ………だいじょ……で…すか……-ッ!!?」 隣で誰かの声がする。何を言ってるのかよく聞こえない。 「なが……さ…しっか……て……さいッ!?…がとさんッ!?」 時間の経過につれ、しだいに耳が慣れてくる。 「長門さん!!?しっかりしてください!?長門さん!!」 …… なるほど、ようやく言ってることがわかった。 長門…、ここまで人が心配してくれてんだ。返事くらいしてやれよ…。その人に失礼だろう? …… …? って、何なんだこの状況は…? ? 違和感に気付いたときには、すでに俺は目を覚ましていた。 「!?キョン君!!?意識を取り戻されたのですね!?」 「キョン君……!!本当に…よかった……!!長門さん……ありがとう…!!」 涙をこぼす古泉と朝比奈さんがそこにいた。 …… ここはどこだ?…見覚えのある街路地だ。俺のこの体勢は何だ?…どうして地べたに寝ている? 「古泉…朝比奈さん……、俺は…一体…?」 ふと、横で倒れている人物を見つける。 …長門…?? 「長門!?」 ッ!? どうして…こんな状況になってしまってるんだ??俺が目を覚ますまでの間に… 一体何が起こったってんだ?? いや…そもそも…、なぜ俺はこんな場所で倒れていた??俺に何があった…?? ?? …… 落ち着いて…頭の中を整理してみるとする。 …ッ 背筋に寒気が走る そうだ 俺はついさっきここで 刺 さ れ た ん だ 鋭利な刃物で …… 誰が? 一体誰がそんなことを…? …… 微かに記憶に残っている。血まみれに伏した俺を 酷く冷たい形相で嘲け笑う 生き物の姿を。 あんな奴、俺はこれまで会ったこともないし見たこともない。 …何言ってんだ俺は?知りたいのは犯人の様相ではなく、そいつが誰かってことだろうが!? ダメだ。思い出せない。 …いや 思い出せないのではなく 思い出したくないだけではないか? …… わからないなら、わからないままでいい。 「長門は…!!長門はどうして倒れてんだ!!?」 次に呈する疑問と言えばこれだろう…長門に…長門に何があった? 「……」 辺りを見渡すが…特に誰かいる気配はない。 「キョン君!安心してください!例の御三方はもうこの場にはいませんよ。」 「…そうか。そりゃ良かった…。」 俺の記憶が正しければ…先ほどまで長門・古泉は藤原、橘、周防の三人を相手取り 奮戦していたはずだ。それも重傷の朝比奈さんを介抱した状態で…。 「長門は藤原たちとの闘いで大けがをした…だから、今こうして長門は倒れてるんだろう!? 今ヤツらがいないのはお前らが撃退してくれたおかげか!?」 「いえ、長門さんが倒れた直接の原因は… 彼らの攻撃によるものではありません。多少のダメージはあるにしてもね。」 「実は…藤原君たち、途中でいなくなっちゃったんです…。」 「いなくなった??それはどういうことですか??」 「なぜ彼らが去ったのかはわかりません…ただ、去る間際に藤原君が 『時間切れか…!』みたいなことをイライラした様子で呟いていたのは覚えてます…。」 時間切れ??意味がわからない。 「要するに、ヤツらは逃げたってことか…。」 「その表現は不適切かと。あのときの我々の不利はどこからどう見ても明白… ゆえに、あのまま戦闘を続行していれば間違いなく我々は全滅していました。」 全滅… リアルな表現に背筋が凍る。 「そのおかげで我々は今生きているようなものですからね。…まったく、運がいいものです。」 「私も…あのときはホントに死ぬかと思いました…。」 …そういえば あのとき彼女はハルヒを庇い、重傷を負ったではないか。全身を血で濡らせた彼女の様は痛々しくて……、 とても直視できるようなものではなかった。その彼女が…朝比奈さんが今…! 急に目頭が熱くなる。 「朝比奈さん…!ご無事で…本当に何よりです…!!」 切実にそう思った。 「キョン君…心配してくれてありがとう!もう大丈夫よ!これも全部闘ってくれた古泉君と… そして、ケガを必死に治してくれた長門さんのおかげ…。でも…長門さんが…!」 …… 「…これはどういうことなんだ古泉…?藤原たちのせいじゃないのなら、どうして長門は今ここで倒れてるんだ!?」 「彼女は…おそらく、力を使い果たしてしまわれたのだと…思います。それによる疲労ではないかと…。」 「??何だと?」 俺は違和感を覚えずにはいられなかった。 以前…俺は朝倉涼子に殺されかかったことがある。あのとき長門は…情報改変や崩壊因子などといった あらゆる手段を用い、結果として朝倉を葬った。再生と称し、貫通攻撃による腹部への大ケガも治癒した。 やり方さえ違うが、今回だってそうだ。朝比奈さんへの介抱を自身の再生、その後の藤原たちへの対応を 朝倉のそれと置き換えれば、状況に関しては酷似してる…と言っても過言ではないはず。 しかし、だからといって長門は朝倉を倒したのち意識を失って倒れたりはしてない。 だからおかしいのだ。なぜ今回に限って倒れる? …わかっている。確かに、一概に比較もできないだろう。今回は敵が3人だった上、 古泉や長門の言うとおりならば、天蓋領域である周防九曜の実力は朝倉のそれとは桁違いだったはずである。 前回と比べ、長門にとってはいかに苦しい闘いだったか…それはわかっている。 だが…かといって、意識を失うというのは、さすがに行き過ぎではないか? 「古泉…。長門は…、何に対して力を使ったんだ?」 「…それは」 「…元気そうで……何より…。」 古泉の言葉は遮られた。聞き覚えのある微かな小声によって。 「長門!!?」 「長門さん!?目を覚ましたんですか!?」 「良かった…!一時はどうなるかと思ったんですよ…。」 「…命に別状はない。だが、過剰な情報操作・改変の濫用により、 情報統合思念体として本来有す能力をしばらくの間凍結せざるを得ない状況。」 過剰… 「つまりお前は…それだけ無理しちまったってことなんだな…。だから倒れたのか…。」 「そう。」 …どうやら古泉の言うとおりだったらしい。 「確かに、私は自身の体に負荷をかけすぎた。だが… そうするに十分な見返りはあった。現にあなたとこうしてしゃべっていられる…。」 …?最後の言葉の意味がよくわからない。 …… そういや 俺の刺された傷は一体どうなった? …背中をさすってみたが、特にケガをしている様子はない。 そもそも、先ほどから俺は一切の痛みを感じていない。なるほど…そういうことだったか。 「長門…感謝するよ。俺のケガを治してくれたのはお前だったんだな…。」 ? 今度は自分の言った言葉に違和感を覚える。長門を失神にまで追い込んだ原因が俺の治療?? …そんなバカな。確かに、俺は死にかけていたかもしれない…ゆえに、処理は大変だったかもしれない。 だが、それは朝比奈さんとて同じだったはず。一体…何が長門をそこまで追い込んだ?? 「長門…、俺の治療は…そんなに大変だったのか?」 「私は治療などしていない。」 …え? 「ちょっと待て長門…俺はさっき刺されたんだぞ!?だが、 現に俺は無傷でいる。お前が治してくれたとしか考えられないんだが…。」 「我々が倒れているあなたを発見したとき、すでにあなたに息はなかった。」 息がなかった…? 「事実上の死亡を確認した。」 …?今、長門は何と言った?し…ぼう…?死亡…!? ははっ、まったく、相変わらず面白いこと言ってくれるぜ長門は。 「つまり、それはアレだよな?死んでると思われても仕方がない状況だったってことだよな?」 「違う。確かにあなたは今日の22時23分に死亡している。 心停止、自発呼吸停止、瞳孔散大…。一般的に有機生命体、即ち人間の死の概念とされる 心循環・肺呼吸・脳中枢機能の不可逆的停止…その全てをあなたは満たしていた。」 …信じられない 刺された覚えはある。だが、死んだ覚えはないぞ…!? 現に…俺は今生きている。死んだとか過去形で言われても…どう反応すりゃいいんだ…?? …だが。長門が言ってるんだ…これは事実なんだろう…? つまり 長門がいなければ 今の俺はいない …… 現実を受け入れたその瞬間からだったろうか。 俺は…長門に礼を言わずにはいられなかった。彼女を踏み倒す勢いだったと言っていい。 「ありがとう長門…、俺を…俺を、生き返らせてくれてよ…。」 「私は仲間として当然のことをしたまで。感謝されるような言われはどこにもない。」 「いや…言わせてくれ。本当に…本当にありがとう…長門…!」 「…そう。」 人の生死を覆すというあってはならないことをしようとした長門。 その禁忌を犯すため規格外の情報操作・改変に力を尽くした長門。 挙句の果てに意識を失うまでに心身を酷使させ続けた長門。 …… 『お前の無理するとこは誰も見たくねーんだ!!ここにはいないがハルヒもな。だから…長門、俺に約束してくれ。 二度とこんな真似はしないってな。もしやるようなら…罰金だからな?それがSOS団ってやつだ。』 昨日あんなこと言っといてこのザマか…。長門、罰金は支払わなくていいからな。 それもまた…SOS団ってやつさ。本当にありがとう…長門。 …そういえば、長門にばかり意識がいってたから気がつかなかったが…。目覚めたとき 古泉や朝比奈さんも泣いてたんだっけか…。そりゃそうか。俺が古泉たちの立場でも間違いなく号泣してる。 …当たり前だろう?仲間が死んだんだぞ?…平然としていられるわけがない。 前にも言った記憶があるが…もう一度言わせてもらおう。つくづく良き仲間に恵まれたと思う…俺は。 さて もう、そろそろ自分のことはいいんじゃないか…?俺には…やるべきことがある。 「ところでな長門…ハルヒが今どこにいるかはわかるか!?」 …起きたときからハルヒの存在が無いのには気付いていた。 自分や長門の現状把握で一杯一杯だった俺は、ハルヒのことを気にかける余裕すらなかったが… だが、今ならそれができる。消えたハルヒを…なんとしてでも探しだして、そして守ってやらなくちゃならない!! 「…わからない。」 しかし長門の返答はあっけなく、そして絶望的なものだった。 「わ、わからない…!?どういうことなんだ長門…??」 「長門さんは…先程も申した通り、一切の能力が使用できない状態にあるんです。ですから今は…」 そうだった。『情報統合思念体として本来有す能力をしばらくの間凍結せざるを得ない状況』 って、さっき長門が言ってたばかりじゃねえか…しかも、その原因は俺ときている。 古泉に言われ、改めて気付かされる自分自身が情けない。 「ただ、全く見当がつかないというわけでもない。」 「っ!何か心当たりでもあるのか!?」 わずかだが、希望の光が射す。 「路上で伏しているあなたを見つけるまで、私は涼宮ハルヒの現在位置の特定にあたっていた。」 …… 「最後に私がその観測を行ったのは22時35分。座標軸に照らし合わせて位置を算出した結果、 彼女はその時点において学校の校庭付近にいたことが確認されている。」 「学校って…俺たちが通ってる北高のことだよな?」 「そう。ただし、現在時刻は22時49分。最後の観測からおよそ14分もの時間が経過していることから、 現在も彼女がそこにいるかどうかはわからない。学校敷地内にいるという保障もない。」 「ありがとう長門…それさえわかりゃ十分だ。」 おそらく、今もハルヒは学校にいるだろう…。根拠はない。単なる勘でしかないが…俺はそう感じる。 …… …? 俺は疲れてるのか?古泉、長門、朝比奈さんの姿がぼやけて見える。 …気付けば視界に色彩が見えない。周りがモノクロの空間へと化してしまってる。 「おや…、どうやら時間のようですね。」 「…古泉?時間って、どういうことだ??」 「この世界が閉鎖空間へと化しつつある状況を見て予期はしていましたが…いやはや、残念です…。」 「以前、涼宮ハルヒがあなたを呼んで新世界の構築を試みたあのときと全く同じ状況下にある。 基本、この空間においては涼宮ハルヒを除くあらゆる生命体は存在不可な上、侵入も不可。」 「藤原君たちが途中でいなくなっちゃったのも…もしかしてそのせいなんでしょうか?」 嫌な予感がする まさか… 「お前ら…消えちまうなんて言わねえよな!?」 「…残念ですが…。」 その古泉の一言で…俺の目の前は真っ暗になる。嘘だろ? 何もかも一人で…これから俺は立ち向かわなくちゃならねえのか!? ふと気付く 「俺は…俺はどうなるんだ??俺も消えるのか??」 「いえ、あなたは我々と違って消滅することはありません。なぜならあなたは…」 「…異世界人だから。よって、涼宮ハルヒの影響下に置かれることもない。」 …そうだったな。そういや俺、異世界人だったな…自覚は全くねえが…。 「俺は…、お前らの協力無しに世界を救うことはできるのか…??」 「…キョン君にならできますよ!長門さんがさっき言ってたように、以前涼宮さんに呼ばれたときだって 大丈夫だったじゃないですか!結果、キョン君と涼宮さんはこの世界に無事戻ることができたわけですし…!」 「朝比奈さん…あのときとは随分状況が違います…。今回ばかりは俺一人でどうにかなるかはわからない… それに、前回だって朝比奈さんや長門のヒントがあってこそのものでしたし…。」 「…え?私何かヒント言いましたっけ?」 「あ、いや…なんでもないですよ。」 『白雪姫って知ってます?』 朝比奈さん大の伝言。 『sleeping beauty』 長門が知らせてくれた言葉。 これら二つが掛け合わさって、初めてあの世界を脱出できたと言ってもいい。 それくらい、俺にとっては一生を…いや、俺だけの問題じゃない… 世界の行方を左右させた重要なヒントだ。 …朝比奈さん …… 朝比奈…さん…? …… フラッシュバックが起こる 『キョン君…さっき私に聞いてましたよね?自分が今成すべき事を。それはね、死ぬことよ。』 『冥土の土産に教えてあげる。藤原君たちの本当の狙いはね、私の抹殺よ。』 『まさか、涼宮ハルヒを昏睡状態に陥れた犯人が私だったなんて想像もしなかったでしょ。』 『まさか、ここまで上手く事が運ぶなんてね。アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!』 「あ…ああ…ああ…っ!!!」 陰惨な光景だった。思い出したのは残酷な事実だった。信じられない。どうしてこんなことを…ッ 朝比奈さん…!!? どうして!?? 「……っ!!」 「だ、大丈夫ですかぁキョン君!?どこか具合でも悪いの…!?」 「朝比奈さん…。」 ふと、不安定になった俺の体を支えてくれる彼女。 「すみません…ちょっと魔がさしてしまって。」 大人のあなたに脅えていましたなんて、口が裂けても言えない。 …… ああ、わかってる。悪いのは大人朝比奈さんであって、目の前の彼女じゃない。 彼女は決して悪くない。命懸けでハルヒを守ろうとしてくれた時点で…それはすでに明白だろう…!? …… 気付くと、みんなの姿はすでに半透明へと化しつつある。 「もう時間がありませんね…キョン君、あなたにこれを渡しておきましょう。」 「これは…!?」 俺は古泉から…機関銃を受け取った。 「あなたと涼宮さんを除いては、この世界には誰も残らないはず…理論上はね。 しかし、非常時ですから何が起こるかわかりません。役に立つかどうかはわかりませんが せめてもの力になってくれればと…思ってます。消えゆく僕にできるのはそれぐらいですから…。」 …機関銃ってのは、こんなにも重いもんだったのか。よくこんなもんを振り回して戦ったな…。 玉もしっかりと充填してある…、準備は万全ってか。これなら敵が現れたって 「……」 敵が現れて…俺はどうすんだ??そんなの決まってる。撃つだけだろう …… 敵って誰だ? 朝比奈…さん…? 彼 女 を 撃 つ … ? 撃たれた人間はどうなる …死? 朝比奈さんを…射殺…? 「!?」 俺は…っ 「古泉…すまん、これは俺には少し荷が重い…。」 「まあ、確かに5kgは軽くありますからね。しかし僕にだって扱えたんです、あなたでも…。」 …… 「……!」 何かハッとしたような顔をする古泉。 「…なるほど、どうやら単に重さの問題ではないようですね。 あなたがそれを躊躇うのは…あなたを刺した人物と何か関係が?」 !! 「……、ああ。」 古泉…お前の洞察力は大したもんだな。 「…、あなたを混乱させないようにと、なるべく避けていた質問ではあったのですが… 言わせてもらいましょう。その刺した人物の名を…教えてはくれませんか?」 …… どうする?ここでみんなに話すべきか?俺を刺したのは未来から来ました大人朝比奈さんですよと。 …… 言える…わけがない…!!何の罪もない…この【朝比奈さん】の前でそんなことが言えるわけ…!! 「……」 「…いや、言いたくないのなら結構ですよ。…あなたの気持ちはわかりましたから。」 「古泉…すまん。」 「??い、一体何の話をしてるんですかぁ??」 話の展開について行けず混乱する朝比奈さん。あなたは…それでいいんですよ。 「…まあ、かといって何もせず消滅…なんていうバカな真似もするつもりはありません。」 そう言って古泉は俺に手渡した…さっきとは対照的な小さな鉄の塊を。 「これは…拳銃…か??」 「ええ…見た目はね。しかし、ただの拳銃ではありません。 麻酔薬、別名不動化薬の入った注射筒を空気圧で射出する…いわゆる麻酔銃ってやつです。」 「麻酔…銃…。」 「相手を殺さず、生け獲りにするケースを想定して試案された捕獲銃です。 万一の事態を想定して常に携帯はしていましたが…まさかこれが役立つ日が来ようとは。」 「古泉…何でお前はこれを俺に?」 「麻酔銃…ですからね。人を殺すための道具ではないんですよ。そう言えば、わかりますよね?」 …こいつは俺の心中を察している。俺が朝比奈さんの殺害を躊躇ってることを察している。 考えたな古泉…。麻酔銃か… 「わかったが…この銃は本当に大丈夫なのか? 薬剤の種類や投薬量によっては…場合によっては死に陥るんじゃないのか?」 「…そこを指摘されては辛いですね。もともと麻酔銃というのは中・大型の野生動物の保護、 あるいは動物園で動物が逃げ出した場合などの捕獲用に麻酔を打つ際に利用されるものです。 そういうわけで実は…対人用の麻酔銃というのは開発段階にこそありますが、実在はしてません。 ですから、世間一般の正規ルートで手に入る麻酔銃で人間を撃ってしまえば、麻酔がかかる前に 過剰投与によるショック死、または呼吸抑制作用による窒息死を招くのは確実です…。」 「…ちょっと待て!?お前さっきこれは人殺しの道具じゃないって言ってたじゃねえか!?」 「残念ながら…通常ならばそうなんです。ですが我々機関はそれを踏まえ、密かに対人用の麻酔銃の 開発を続けてきました。あなたが今もっているその銃は、言わば非正規ルートで手に入れたようなものです。」 「…どう違うんだ?」 「普通の麻酔銃の中に充填される麻酔薬はケタミンという物質なのですが…なんせ麻薬指定にされているだけ、 動物ならともかく人間に向けて撃ってしまえば大事に至らせるのは確実です。そこで、我々はその代替薬として、 塩酸の一種であるチレタミンとゾラゼパムの混合薬を使用しています。哺乳類用の麻酔薬であることから ケタミンより安全性が高いのは確かです…それでも、決して死亡率0%というわけではありませんが… そこはどうか、お許し願いたいです。」 …古泉の機関とやらは一体どんな組織なのだろうか…?製薬会社?医療関係? いや、銃が絡んでるってことは武器製造??…考えてもバカバカしくなるだけなのでやめとこう…。 そもそも、森さんや新川さんみたいな超人がいる時点で、この機関とやらに常識が通じないのは 前々からわかっていたことだろう…? 「…古泉、わかったぜ。そりゃ仕方ねえ、世の中に絶対ってのは無いんだからな…。 俺はこれでなんとかするとしよう。ありがたく受け取っとくぞ!」 「お気に召してもらえたのなら光栄です。」 これならば…俺は朝比奈さん大を殺さず、ハルヒを救うことができるのだろうか? 「…!そうだ…私もキョン君に渡さなくちゃ…!!」 ポケットを弄繰り回す朝比奈さん。どうやら古泉の譲渡を見て、何かを思い出したらしい。 「キョン君…これを…。」 俺は朝比奈さんから受け取る。…何だこれは?何かの装置?? 「あ、え、ええっと…それ…、詳しくは私もよくわかんないんです…。」 そうですか…わかんないんですか…。俺はどういう反応をすればいいんだろうか? 「…というのも、これは…上司から未来経由で送られてきたものなんです…。 その際に、この小型装置が何なのかについての説明はありませんでした…。 ただし、用途は記されてました。キョン君、その端っこにボタンみたいのが付いてるでしょ?」 「…はい、ありますね。」 「それをね、ピンチのときに押すだけでいいの。」 「…それだけですか?」 「はい!」 「…押すと一体何が起こるんですか?」 「ごめんなさい…それはわからないです…。」 「……」 さっきまで長門や古泉による濃厚な説明を受けていただけに、そのギャップ度合が物凄い。 いや、決して朝比奈さんに非はない。ちゃんと情報を伝えなかった上司が悪いんだ。 「もともとは私に対し送られてきたものなんですけど…これから消えゆく私が持ってたって 意味ないものね。だから、せっかくだからキョン君に使ってほしかった…! さっきの古泉君とのやり取りを見てて、これを貰ったことを思い出したの!」 …つまり、あなたはその存在をずっと忘れていたというわけですね…。 「あ、もう一つだけ伝えなくちゃいけないことがあります…。さっきピンチになったら押してと言ったけど… そのピンチというのは、ただのピンチじゃダメみたいなんです…!」 「…どういうことですか?」 「だからその…何ていうか、絶体絶命と言いますか…本当に本当の意味でもうダメだ!! …みたいなときに押してください!そう紙に書いてありました!じゃなきゃ…ダメみたいなんです…! なぜダメなのかは私にもわからないんだけど…。」 腑に落ちない点が多いが…こればかりは仕方ないだろう。 「わかりましたよ朝比奈さん。ありがたく受け取っておきます。」 「説明不足でゴメンねキョン君…どうか、それが役立ってくれることを祈ってます…!」 …あなたが謝ることはないんですよ…、全てはその怠惰な上司のせいなんですから。 …… 上司? …俺は彼女の上司を知っている …ッ 罠!?まさかこれは自爆装置か!?ボタンを押せば、俺が死ぬような仕掛けになってるんじゃないか!!? …落ち着け。冷静に考えてみろ…。そもそも、これは朝比奈さんへの贈り物だったはず。 ならば、そんな危険なもんを送りつけて過去の自分を殺してしまうような自殺行為など… 常識的に考えればするはずがないだろう!?自爆装置だの何だの…少し俺は頭がおかしくなってたらしい。 とはいえ、無理もないだろう…?その上司とは、つまり大人朝比奈さんに他ならないんだからな…! …まあ、仮にも過去の自分に対して送ったんだ。非常時に押せば助かるという趣旨自体は おそらく間違ってはいないだろう。未来製であるからして、おおかたバリアーが出るとか… そんなとこだろうか?…発想が貧困な俺にはこれくらいしか思いつかない。 そんなこんなで考えをめぐらせていた俺だったが 「おや…、もう少し話したかったのですがね…。」 古泉の一言で俺は気付く。長門・古泉・朝比奈さんの姿が揺らぎ始めている。 「…キョン君、僕は信じてますよ。必ず世界を救ってくれる…とね。」 「キョン君…!!どうか…無事帰ってきてくださいね!涼宮さんと一緒に!!」 「何があっても決してあきらめないで。あなたならきっとできる。」 ちょ、ちょっと待ってくれ!もう…お別れなのか…!? 急すぎる…っ お前らが消えたら…俺は… …ッ!!一人になっちまう…!! …… 見苦しいぞ俺…だが、最後に本音をぶつけさせてくれ。 「俺一人で本当にハルヒを救えるのかよ…!!?」 「できますよ。あなたは涼宮さんに選ばれたのですから。」 「できます!キョン君は涼宮さんにとって特別な人ですから!」 「できる。あなたは…涼宮ハルヒにとって無くてはならない存在。」 口を揃えて言ったのは、それだけみんなの気持ちが一緒だった所以か。3人の最後の言葉だった。 「……」 ふと手に持ってる物を見た。古泉がくれた麻酔銃。朝比奈さんがくれた例の装置。 …俺は一人じゃない。 姿形こそないが…みんなの気持ちは、思いはちゃんとココにある。そもそも、長門の力が無ければ 俺は今、生きてすらいなかったじゃないか!?みんなの協力があって、今の自分がいる…! 「待ってろよハルヒ…っ!」 俺は学校へ向け、走りだした。 …… 「…はぁ…はぁ…は…!」 北高が…見えてきた。 「…くっ」 一旦ストップする俺。後先考えず全力疾走したせいか…心臓がおかしくなりそうだ。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」 息切れを起こしているのは言うまでもない。しかし、歩いてもいられない。一刻も早く、ハルヒに会う必要がある。 …明確なタイムリミットはない。もしかしたら、そんなものはないのかもしれない。 だが 俺はついさっき感じていたんだ。一人でいることが…。孤独であることが…どれほど悲しいことか。 それは、今のハルヒも決して例外ではないはず。 …… わかってる。今のハルヒはハルヒであってハルヒではない。おそらく神としての記憶が宿り、 別人格と化していることだろう。ゆえに、そんな感覚は無いのかもしれない。だからといって、 長門・古泉・朝比奈さん…そして俺の知るハルヒそのものが…抹消されてしまったわけではない! …月だ。今のハルヒは月だ。月が出ている夜に太陽は存在しえない。だが、消滅もしていない。 実際はすぐそこにあるのだ。ただ 見えなくなってしまってるだけで。 ハルヒ…! 「もう少しの間…待っててくれよな…っ!」 学校まで後わずかだった。 いや、後わずかだった…はずだった。
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ストーリー参考:X-FILES シーズン1「三角フラスコ」 X-FILE課が設立された後、あの長門が俺たちを殺そうとしたり、 喜緑さんが俺たちを救ってくれたり、『機関』のスポンサーが アメリカ政府になったことを鶴屋さんに告げられたりと、 俺の周りではSOS団時代と違った新しい歯車が回っている事を 常に気にせずにはいられなかった。ただ、ハルヒとそのことに ついて話し合ったことはなかった。お互い、『何を信じればいいのか』 ということが胸につっかえていたのだろうと思う。 そしてついに回っていた歯車は急速にスピードを上げ、俺たちの 前に危機として襲い掛かってきたのだった・・・ 一台の車がパトカー2台とカーチェイスを繰り広げている。車は暴走したかの ごとくスピードを上げ倉庫が立ち並ぶ場所へと逃げ込んだ。 『応援を送ります。現在位置を報告してください。』 警察無線がけたたましく鳴る。 「現在エイプリル通りから造船所のほうを西へ向かって走行中。」 『了解。応援を送ります。』 追いかけられている車はついに袋小路に入り込んだ。 ”警察だ!車を止めろ!” 車は荷物にぶつかりスリップして止まった。止まった車から1人の男が 運転席から逃げ出し、近くの柵を乗り越えて逃亡しようとした。 しかし、すぐに駆けつけた警官に取り押さえられ柵から引き離された。 「動くな!地面に付け!」 警官が怒鳴る。しかし男は必死に抵抗を続ける。男は油断した警官から 警棒を取り上げると次々と警官を倒していった。そのとき応援に駆けつけた 若手警官が電気ショックガンを男に発射した。しかし、男は何の変化も 受けなかった。男はショックガンの電極を抜くと一目散に桟橋へ駆け込んで いった。 「止まらないと撃つぞ!」 警官が威嚇する。しかし男は止まることなく桟橋の端に向かって走っていった。 ”パンパン”警官が銃を男に発射した。しかし男は止まることなく走り続け、 ついに海へ飛び込んでいった。 「確かに命中したはずなのに・・・どこへ行ったんだ・・・出血がひどいはずなのに」 警官はまるで信じられないという顔で海を見つめた。桟橋の端に着いた警官が 見たものは赤い血ではなく、緑色の液体だった・・・ あたしは家でテレビを見ながらソファーに横になっていた。その時電話が鳴り、 受話器をとって耳に当てて、 『8チャンネルを見ろ。』 この一言だけ言って電話は切れた。 「ったく。なんなのよもう・・・」 そういいつつTVのチャンネルを8チャンネルにした。そのチャンネルでは 夕方、車の追跡激が行われたという現場からのニュースを流していた。 あたしは急いでビデオに録画を始めた・・・ 次の日あたしはオフィスで録画しておいたニュースを繰り返し見続けた。 「ハルヒ、さっきから何十回も見てるぞ。一体何を探しているんだ?」 キョンがあきれたような口調であたしに言った。 「あたしもわからないわ。」 そう答えるとあたしは怪しいと思われる人物が写っている画像をプリントした。 「彼・・・ディープスロートがテレビを見ろって言ったのか?」 キョンが言ったディープスロートというのは以前から私に情報をもたらして くれている初老の男性のことだ。最初にあったのはエレンズ空軍基地事件の時だった。 「そうよ。」 「警察はなぜその男を追いかけてたんだ?」 「ニュースではスピード違反としか伝えていないわ。」 「スピード違反にしては随分大げさな報道だな。」 「絶対になにかあるわ。」 そう言いつつ今度は1台の車が写った画像をプリントした。 「ニセの情報なんじゃないか?」 「どうして?」 「彼は前にも嘘をおまえに伝えたろ。」 そう、彼は以前宇宙人が捕獲されたという事件があったとき、 あたしたちの身を案じて一部嘘の情報を教えたことがあった。 「いや違うわ。彼は何かを知らせたかったのよ。きっとなにかあるに 違いないわ。だからあたしに電話してきたのよ。」 「だとしたら一体何を?」 「それをこれから探すのよ。」 あたしたちは現場へと向かった。そこで事件を担当している警官に 説明を求めた。 「昨夜は3つの捜査機関が動員されてたんだ。」 「たかがスピード違反なのに?」 あたしはオフィスでプリントした写真を見せながら、 「この私服の男だけど、署の人間なの?」 「いや、ちがうな。知らない男だ。昨夜は人がうじゃうじゃいたからな。」 「容疑者は逃げた形跡もなく遺体も出ないの?」 「見ての通り捜索中だ。ダイバーも動員してるしそのうち見つかるだろう。」 「でも、もう18時間も経ってるわ。おかしいんじゃない?」 「いや、海底の探索には時間がかかる。それよりも、FBIがなぜこの事件に?」 「容疑者の男の顔が手配中の逃亡犯に似て・・・」 「ほう、それは不思議だ。人相は発表していないのに。」 「差し支えなければ車を見たいんだけど。」 「署の駐車場にある。」 俺たちは担当している警察署に向かった。 「所有者はゲイザスバーグのレンタカー会社だ。店は盗まれたものだと 言ってるが。これじゃ車の線を洗うのは無駄なんじゃないか。」 俺はハルヒに言った。 「きっと何かあるはずよ。」 ハルヒはオフィスでプリントした車の写真を見ながら車の周りを探ってた。 「この写真じゃナンバーも見えないわね・・・」 ハルヒが車の正面に立ったとき、 「ちょっとキョン、見てみて。」 「なんだ。」 「ほら、写真の車にはガラスにシールが貼ってあるわ。」 「でもこの車には貼ってないな・・・」 「車が違うってことよ。」 俺たちは一旦オフィスに戻り改めてビデオを検証してみることにした。 「この写ってるシールは『使者の杖』と呼ばれるもので医学のシンボルらしい。」 「ってことは車の持ち主は医者ね。画質を補正してみたんだけど、ナンバーは ”3AYF”ね。」 「前半部分はどうなんだ?」 「隠れてて見えないの。だからそれしか分からないわ。」 そういうとハルヒは電話を取り、 「ダニー、ハルヒよ。車の割り出しをして欲しいの。ナンバーは 一部しか分からないんだけど、多分持ち主は医者よ。よろしく頼むわ。」 電話の先でダニーが調べている間私はキョンに、 「偽装工作のために車をすりかえられたのよ。」 と言った。 「何のためにだ?」 「持ち主に何か秘密があるに違いないわ。」 俺たちは判明した車の持ち主がいると思われるメリーランド州の ゲイザスバーグにあるエムゲン社を訪れた。 そこでは1人の男が白衣を着て研究をしていた。 「ハルヒ、とりあえず尋問は俺がやるから、部屋を注意深く見ていてくれ。」 「わかったわ。」 そうハルヒとやり取りした後、俺は男に声をかけた。 「ベルービ博士?」 「そうだが。」 「FBIです。お話が。」 「悪いが今忙しいんだ。」 「実は昨日起きた事件に博士の車が使われたもので。」 「私の?」 「銀色のシエラをお持ちですよね?」 「何に使われた?」 「犯罪です。ご存じない?無くなった事も?」 「初耳だ。」 「あの車は普段家政婦が使っているから・・・」 そのとき、ハルヒが檻に入った実験用のサルに触ろうとした。その途端 サルが興奮し始めた 「危ない!興奮させないでもらいたい。」 「ごめんなさい。可愛かったもので・・・」 「これは実験動物なんだ。」 そう男が言った後俺は、 「何の実験を?」 「それは尋問かね?」 「いいえ。」 「だったらもう帰ってくれ。仕事が山ほど残っているんだ。」 「どうも。」 そういうと俺とハルヒは黙って研究室を出た。 「ハルヒ、噛まれなかったか?」 「大丈夫。でもちょっと危なかったわね。もうすぐ17時ね。博士の家に 行って話を聞きましょう。」 「いや、断る。」 「どういう意味?」 「こんな無意味な捜査に付き合いきれないってことだ。謎めいた電話に 振り回されて謎々を解くのはもうたくさんだ。」 「ヒントは出てるわ。」 「あれがヒントか?そもそもあのディープスロートって何者なんだ? 本名は?」 「彼は機密を知る立場にいるだから用心深いのよ。」 「ただのゲームかもしれないじゃないか。駆け引きを楽しんでいるん じゃないのか。」 「じゃあ、彼は私を試しているとでもいいたいわけ?」 「いや、オモチャにされてるんだよ。」 結局収穫の無いまま夜になり、あたしは家に帰ってきた。アパートの 入口に入ろうとしたとき、 「少し帰りが早すぎやしないか。」 その声はディープスロートだった。 「遅くなると母親が心配するのよ。」 ディープスロートは近づいてきて、 「失望したよ。熱意が薄れたようだな。」 「なぜよ?」 「真実を追い求め夜を徹して捜査しているものと思っていたのに。」 「あんな情報じゃ少なすぎるわ。」 「今提供できるのはあれだけだ。」 「ニュースが?」 「どこまでわかったんだ?」 「何も分かってないわよ。」 「まったく・・・君に見えていないだけだ。」 「まって、あたしは今まであなたの条件に従い何の注文も出さなかった。 でも、いい加減勿体ぶるのはやめてちょうだい。」 「私に頼りすぎては困る。」 「なら言うけど、あたしのほうこそ謎々ゲームはもうたくさんよ。 いつまでもあなたの言う通りに動くと思ったら大間違いよ。」 「涼宮捜査官。私を信じろ。あと一歩で君は真実に触れることができる。」 「後一歩で・・・何の真実よ。」 あたしのその言葉を聞くとディープスロートは夜の闇へと消えていった。 エムゲン社の研究室にて夜を徹してベルービ博士が研究を続けていた。 博士が顕微鏡をのぞいていると研究室のドアが開いた。 「誰だ?」 返事が無い。 「返事をしてくれ。」 「残業かしら。」 若い女性の声が聞こえた。 「何しに来たんだ?」 女性は博士に近づいた後、 「彼は生きてるんでしょ?連絡はあったのかしら。」 「頼む。今すぐ帰ってくれ。」 檻のなかにいるサルたちが興奮し始める。 「誰か知らんがFBIならもう質問に答えたろ。」 「なんと答えたのかしら?」 「私は何も知らん。何度聞いても同じだ。」 「セケア博士はどこ?」 「何の話かわからんな。」 女性は黙ってサルを見つめる。 「頼む。重要な仕事の最中なんだ。邪魔せんでくれ。」 「あなたの仕事は・・・もう終わりよ。」 そういうと女性は博士の首につかみかかった。とても女性とは思えない 力で締め付けていた。 その光景をサルたちは興奮しながら見ていたのだった・・・ 次の日、エムゲン社の研究室にてベルービ博士が死亡したとの連絡を 受けた。あたしとキョンは急いでエムゲン社の研究室向かった。 研究室内はめちゃめちゃに荒らされており、博士は首をつった状態で 発見されたらしい。 「現場検証の責任者は郡の保安官になってるな。中間報告を見る限り では自殺と記述されてるな。」 「自殺ですって?」 「自分で室内を荒らしたうえで死んだらしいと。」 「方法はなんて?」 「この報告書によると・・・丈夫なガーゼで首を縛り、その片端を ガス栓に結んで飛び降りたとあるな。」 「目撃者はいるの?」 「誰もいないらしい。」 「昨日あった感じでは綺麗好きでこんなことをするような男には 見えなかったけどね。」 「死に方も問題だな。」 「不自然よ。自殺にしては少し念入りすぎてるわ。確実に死ぬために 首吊りと飛び降りをいっぺんにやるなんて聞いたことが無いわ。」 「ベルービ博士の経歴は・・・と。テレンス・ベルービ。74年に ハーバードを卒業。専門は”ゲノム”か。知ってるか?」 「遺伝子の解析でしょ。科学史上最も野心的な研究のひとつよ。」 「さすがだな、ハルヒ。」 「キョンとは頭の出来が違うもの。」 「へいへい。でも、それがどうかしたか?」 「ゲノムの研究をしている人は大勢いるけど、銀色のシエラを所有し 首にガーゼを巻いてバンジージャンプしたのは彼一人よ。」 「でも、それだけじゃ一昨日の事件とは繋がらないな。」 あたしは調整装置の中にあった三角フラスコを取り出して底を 見てみた。”純度調整”と書いてある。 「見る視点が違っていたのかもしれないわ。問題はそこね。きっと それは目に見えない何かで結ばれているんだと思うわ。ところでこれ なんだと思う?」 あたしは取り出した三角フラスコをキョンに見せた。 「なんだろうな・・・液体が入っているが・・・研究材料の1つじゃないか?」 「この三角フラスコの中身ちょっと興味があるわね・・・私は知り合いがいる 大学に行って解析してもらうわ。キョンはその間にベルービ博士の自宅を 捜索してちょうだい。」 「わかった。でもハルヒ、その液体がサルの尿なら捜査は終わりだぞ。」 俺はハルヒに言われたとおりベルービ博士の自宅へ向かった。家に着いた もののベルを鳴らしても誰も出てこない。そこで家の横を観察してみたところ 1つだけ窓が開いてる箇所があった。俺はそこから侵入し家の中を捜索し始めた。 何か出てくれないとハルヒはまた癇癪起こすな・・・と心配しつつ・・・ あたしは今ジョージタウン大学の微生物部にいる。さっきの三角フラスコの 中身を知り合いの女性研究者に調べてもらっているところだ。 「細菌の培養液だと思うけどどこでこれを?」 「ある事件の現場よ。」 「最近の事件は随分科学的なのね。」 「何か出てくれるといいけど・・・まあ、あまり期待してないわ。」 「まって、この液体何でもないどころかただものじゃないわ・・・見て。」 そういうと彼女はモニターを見るように促した。 「これは何?」 「サイズは細菌だけど全然違うわ。こんなの見たの初めてよ。」 「つまり?」 「細菌なら普通は左右対称なんだけど、これは・・・なんていうか妙だわ。」 「正体が分かるかしら?」 「そうね、凍結破断してみれば解るかも。凍結させて薄く切って断面構造を 調べるの。多少時間がかかるけど・・・待てる?」 「ええ、急がないわ。お願い。」 俺がベルービ博士の自宅を捜索してからだいぶ時間が経った。依然として 有力な物証などは得られていない。外も暗くなり時計を見るともう19時を まわっているところだ。やれやれと思いつつ、博士の机の椅子に座り卓上 スタンドの明かりをつけた。それから机の引き出しを探ってみると、なにやら 通話記録のようなものが出てきた。よくみるとほとんど同じ番号にかけている。 俺は早速FBIに電話した。 「ダニーか、すまない今度は電話番号を調べて欲しい。555-2804市外局番301だ。 持ち主を調べてくれ。ここの番号は555-7571だ。よろしく頼む。」 俺は電話を終えると通話記録を元の場所に戻した。更に別の引き出しを調べて みるとどこかの鍵の束が見つかった。俺はこの鍵束をズボンのポケットにしまった。 その時電話が鳴った。 「早いな。」 「テリー君なのか?」 FBIのダニーではなく別な男からの電話だった。俺は調子を合わせて、 「ああ、誰かな?」 「撃たれてるんだ。3日間も水中にいたんだ。」 「今どこにいるんだ?」 「今公衆電話だ。」 「すぐ迎えに行く。場所は?」 「テリー・・・」 それ以上喋らない。どうも様子がおかしい。 「もしもし」 すると別の男の声で、 「もしもし、この人凄いケガをしてるよ。手当が必要だ。」 「場所はどこだ?」 「俺、救急車呼ぶよ。」 「待ってくれ!」 電話は切られてしまった。と、その直後また電話がなった。 「切らないでくれ。」 「持ち主がわかったぞ。」 「ダニー、君か。」 「住所を。」 「まってくれ、今書きとめる。」 俺は紙とペンを取るため椅子を回し窓のほうに向けた。すると外に 青色のバンが止まっているのが見えた。なんとなく怪しい・・・そう 思っていると、 「キョン」 「ああ、聞いてるよ。続けてくれ。」 「この持ち主はゼウス倉庫会社だ。住所はパンドラ通り1616。」 「助かったよ。ありがとう。」 電話が終わると既にバンは消えていた・・・ 暗闇の中を救急車が走る。さっきキョンに電話した男が搬送されている途中だった。 「患者は40代の白人男性。心拍も血圧も低下。」 救急隊員が現状を無線で報告する。 「それから右上半身の傷から緑色の液体が出ている。」 『緑色だと?肺喚起の反応は?』 「いやダメだ。静脈が浮き出て気息音が激しくなってる。皮膚も土色に。」 『緊張性気胸だ。胸膣の圧力を減少させろ。』 「注射器で減圧する。」 そういうと救急隊員は針を男に突き刺した。すると注射器から ガスが噴出し救急隊員たちが苦しみだした。救急車は蛇行運転になり やがて止まった。 『どうしたんだ?救急隊応答しろ。』 救急隊員たちが倒れるのを見届けると男は注射器を抜いた。 『おい救急隊、何があったんだ!応答しろ!』 男は救急車の後部ドアを開けると夜の闇に逃げていった・・・ あたしは大学から携帯電話でキョンに電話をかけた。 『キョンだ。』 「あたしよ。今どこ?」 『手がかりがあると思われる場所に向かってるところだ。』 「手がかりがあったのね。」 『それと、彼は生きていたよ。』 「彼って?」 『逃亡者さ。博士の家に電話があった。』 「どこからかけてきたの?』 『わからない。ハルヒのほうはどうだ。』 「ジョージタウン大学にいるわ。変なものが見つかったわ。」 『ひょっとして例の液体からか?』 「ええ、緑色の物体よ。」 『どんなものなんだ?』 「最近の一種で中にウイルスが生息しているの。どうやら博士は これを培養していたみたい。その細菌には葉緑素のようなものも。 こんな細菌、研究室の人も初めて見るそうよ。」 『博士は何のために培養していたんだろうな?』 「普通ウイルスを増殖させるのは生物に注入するためだわ。これは 遺伝子治療と言う実験段階の技術よ。」 『たぶんサルを使って実験してたんだな。他には?』 「今、細胞培養とDNA分析をしてもらってるわ。とにかくただ事では なさそうよ。こんな細菌は数百万年前にさかのぼっても───地上に 存在した形跡が無いらしいの。」 そのハルヒの言葉と同時に俺はゼウス倉庫会社についた。 「ちょっとキョン、聞いてるの?」 『ああ、引き続き検査を続けていてくれ。』 「わかったわ。そっちも何かあったらすぐ連絡をちょうだい。」 『わかった。じゃあ切るぞ。』 俺はゼウス倉庫会社の倉庫に進入した。鍵束から適当な番号を選び その部屋に入ってみた。そこで見たものは・・・驚くべき光景だった。 人間が水槽の中で実験のようなことをされているのだ! 部屋の中を一通りまわってみると、1つの水槽だけ空っぽのものが あった。 ───ここでは一体何が行われているんだ・・・そしてこの空っぽの 水槽の中の被験者はもしかして・・・ あたしは疲れのためか大学の休憩所にあるソファーで寝ていた。 そこに知り合いの研究者がやってきて私を起こした。 「ごめんなさい、つい居眠りを。」 「涼宮捜査官、見せたいものがあるの。」 「なにかしら。」 「これはあなたが持ち込んだ細菌のDNA塩基配列よ。」 「いわゆる遺伝子ってヤツね。」 そういうと遺伝子構造を表した書類を見せられた。 「塩基対と呼ばれるものでヌクレオチドでできているの。DNAには 4種類のヌクレオチドがあるの。地球上のあらゆる生物はこの4つの 組み合わせによって作られているの。今見ているのはあの細菌の 遺伝子の連鎖よ。普通遺伝子の連鎖には切れ目がないけど、でも この細菌にはそれがあるの。」 「どうしてなの?」 「理由は解らないわ。でも私なら今すぐに政府機関に連絡するわ。」 「何を発見したの?」 「第5・第6のヌクレオチドでできた塩基対よ。新しいDNAよ。あの 細菌は自然界に存在し得ないものなの。つまりあの細菌は・・・ 地球外生命体よ。」 「なんですって・・・」 俺はある程度調べを終えるとすぐに倉庫から出た。そして車に 向かって道を歩いていると・・・さっきの青いバンが表れ中から 男が2人出てきた。俺はとっさに反対方向へ歩き出した。ある程度 歩いたところで前方からも1人走ってくるのが見えた。やばい! 俺はすぐ近くの木で出来た柵を乗り越え一目散に走って逃げた。 ある程度走ったところで横道に隠れ、銃を取り出し銃を構えて 今走ってきた道を見た。しかし追いかけてきた様子もなく、俺は そのまま夜の暗闇の中へ走って逃げた・・・ 家に戻ると電話が鳴っていたので急いで取った。 「もしもし」 『キョン、なにやってるのよ!もう朝よ、一晩中電話してたのよ!』 「すまない。まずいことが起きてしばらく隠れてたんだ。」 『キョン、例の細菌だけど自然界には存在しないらしいわ。 地球外生命体の可能性があるって。」 「待ってくれハルヒ。」 『なによ?』 「俺のほうも今すぐお前に見せたいものがある。」 あたしとキョンは一緒にゼウス倉庫会社の倉庫に来た。 「ちょっと待ってくれハルヒ。」 「なによ。」 「なんというか・・・お前に謝らなければならん。俺が間違っていた。」 「当たり前じゃない。でも、気にしないで。」 「でも俺は・・・お前の足を引っ張るようなことばかりして・・・これからは改めるよ。」 「ふふん。キョンもだんだんわかってきたじゃない。」 「おれは科学を絶対視するあまり解明されていることしか信じようと しなかった。でも昨夜見たものは・・・俺の理解をはるかに超えていた。」 「じゃあその神の領域をも超えているようなものを見せてもらいましょうか。」 俺とハルヒは、俺が昨夜入った部屋の鍵を開け、電気をつけた。しかし そこには何もなかった・・・ 「水槽が、人間を入れた水槽が5つあったんだ。コンピュータ管理も されてて。彼らは水中で生きていたんだ!」 「どこにいったのかしら?」 その時ディープスロートがやってきた。 「神のみぞ知る・・・だ。既に処分されているだろう。」 「誰が処分したの?」 「わからない。」 「嘘よ。」 「私の能力にも限界というものがある。情報機関の内部には”影の政府”が 存在しその中の一部が権力の中枢を握って秘密活動を行っているのだ。」 「昨夜3人の男に追跡された。」 「ああ、それは単なる脅しにしか過ぎない。相手はプロだ。殺しにも 慣れている。」 「ベルービ博士も彼らに殺されたの?」 「多分な。」 「なぜよ。」 「あれだけ調査してもまだ分からんのか。」 「博士は地球外ウイルスを培養して人体実験をしていたんじゃないのか?」 「そうとも。研究は今に始まったことではない。細菌は1947年から存在していた。」 「ロズウェルね。」 「ロズウェル事件は氷山の一角にすぎない。博士は実験に成功し、口封じの ために殺された。彼はこの部屋で人体に対する初のDNA移植を行っていたのだ。 6人の末期患者が自ら進んで申し出てきた。その1人セケア博士はベルービの 友人だった。遺伝子移植治療の成果はすさまじく、DNA移植を受けた結果 6人の患者の容体はみるみる快方に向かっていった。セケア博士も正常な 肉体を取り戻し、おまけに超人的な体力と水中でも呼吸できる力を身につけた。」 「だから3日間も水の中で隠れ通すことが出来たのね。」 「でも、何で逃げるんだ?」 「元々セケアは生きていてはならん男だ。この実験は政府が極秘に進める 研究の一環だった。実験後は彼らは用済みだ。生きていては秘密が漏れる 恐れがある。事故で救急車に運ばれでもしたら?セケアの血液成分は異質で かなりの毒性もある。それをマスコミがかぎつければ・・・」 「だから抹殺命令が出たのか。」 「そうだ。でもセケアはベルービからそれを聞いてしまった。」 「1つどうしても分からないことがあるわ。なぜ最初から教えないで今頃 詳しい情報を?」 「証拠隠滅の動きが早まったからだ。ベルービも殺され、ここにいた人間も 抹殺された。証拠がなければ君らも立証は出来ない。急いで証拠を集めろ。 今ならまだ間に合う。セケアを探して保護するんだ。この件で君らと話すのは これきりだ。」 そういうとディープスロートは部屋から出て行った。 あたしとキョンはしばらく考えた後倉庫から出た。 「あたしは研究室へ戻って分析結果を取ってくるわ。」 「俺はセケアを追う。」 「どこへ?」 「さあな。感が頼りだ。」 あたしがジョージタウン大学に着くと依頼していた知り合いは研究室に いなかった。しょうがないので休憩室に行ってみた。 「すいません、カーペンター博士はどこに?」 そういうと研究員の一人が、 「カーペンター博士の家族全員が交通事故でお亡くなりに・・・博士自身も・・・」 なんてことなの・・・証拠がどんどん消されていく・・・ 俺は再度ベルービ宅へ行くことにした。今回は面倒なので正面玄関の鍵を FBI特製のピッキングセットを使って開けて入った。ってか最初もこうすれば よかったな俺。中に入ると上の階から物音が聞こえた。どうやら天井裏に 誰かがいるようだ。俺は天井裏へ行くと、 「セケア博士?」 呼びかけてみたが反応が無い。天井裏を少しずつ探っていると、いきなり 後ろから男に襲われた。 「待て!」 男は聞き入れなかった。俺を殴ると胸倉をつかんだ。 「助け来たんだ。」 そういうとセケア博士とおもわれる男は胸倉をつかんだまま静止した。 と、その時”パン”と言う銃声が聞こえセケア博士が倒れた。正面を 見るとガスマスクをした男が銃を握っている。セケア博士の傷口から 毒性のあるガスが流れ出した。俺は目を開けられなくなりよろめき始め そして気絶した。 ガスマスクの男がセケア博士に止めを刺しているとき1人の若い女性が 天井裏に上がってきた。 「あんたはいいな、マスクがいらないんだからな。」 「まあね。それよりきちんと仕事をしておくのよ。」 「わかってるさ。それよりこいつはどうする。」 「あらあら奇遇だこと、この男は・・・このまま連れていくわ。」 キョンに連絡がつかない。あたしはキョンのアパートへ向かった。 キョン・・・どこにるの・・・嫌な思いがあたしの心に積もる。 キョンの部屋の呼び鈴を押した時、 「ここにはいない」 背後からディープスロートの声がした。 「キョンは今どこにいるの!」 「分からん、私も知りたいよ。」 「きっと何かあったに違いないわ。」 「無事だ。」 「どうしてわかるの?」 「彼を殺せば目立ちすぎるし、証拠を君にぶちまけられては困る。」 「証拠はもう無いわ。彼らに抹殺されたのよ!」 「涼宮捜査官、君にしかキョン捜査官は救えない。証拠はまだ存在する。」 「どこに?」 「警戒が厳重な場所だが君なら何とか潜り込める。」 「潜り込むって・・・場所は?」 「それは・・・フォートマリン隔離施設だ。」 「そこに何があるの?そしてどうすればいいの?」 「”源”だよ。全ての始まりだ。それを手に入れろ。そうしたら彼らと 交渉してキョン捜査官を取り戻す。」 「う・・・」 俺は薄暗い廃工場と思われる場所で目を覚ました。朦朧とする意識の 中で周りを見渡すと、自分は柱に縛られ、周りには誰もいない状態だった。 「なんだったんだあのガスは・・・気絶するほどとは・・・」 「ずいぶんと長い昼寝だったわね。お久しぶり、キョン君。」 うつむいて今までのことを思い出していたとき、はるか昔に 聞いた女性の声が聞こえ、近づいてきた。 「お、お前は・・・なぜここに!」 声の主はハルヒと出会ってすぐ、俺を殺そうとし、更に長門が 暴走して時空改変を行った際に俺にナイフを付きたてた女、朝倉涼子だった。 「あらあら、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶なこと。」 「お前は長門によって消されたはずだ。なのに何でここにいる?」 「うふふ、知りたい?まあいいわ大サービスで色々教えてあげる。」 朝倉は教師が生徒に授業をするような態度で行ったり来たりしながら話し始めた。 「私は新しい任務のために再構成されたの。バックアップとしてではなく単独個体としてね。」 「新しい任務・・・?」 確か高校卒業の別れ際、長門もそんなことを言っていたことを思い出した。 「情報統合思念体が自立進化の道を探っているのは既に知ってるわよね。」 「ああ。」 「あなたは情報統合思念体がこの星に興味を持ったのは涼宮さんのため だけかと思っているかもしれないけど、実際にはもっと昔からアプローチ していたのよ。」 「昔から・・・?ハルヒを観察するだけじゃなかったのか?」 「あなたたちが高校時代には涼宮さんの監視が私たちの目的だったわ。 事実あなたを殺して涼宮さんの出方を見ようともしたし。」 高校時代に殺されかけた嫌な思い出が蘇る・・・ 「でも高校卒業後、涼宮さんの力がなくなると、もはやその意味はなくなった。 そこで情報統合思念体の中でも少数派だったこの星の住人と直接接触し、 共に人類を支配下において自立進化の道を探ろうとする流派が台頭して来たの。」 「俗に言われている『宇宙人』ってやつか」 「そうね。そんな感じで言われてるわね。UFOとかも。で、その流派が今は 主流派となり活動を行ってるわけ。」 「で、その任務にお前や長門が選ばれてるってわけか。」 「まだ大勢いるけどね。でも、まさかあなたに会えるとはね♪」 「俺は会いたくなかったけどな。」 「ほんと、つれないこと。長門さんだったらホイホイついていくのに。」 「そうだ!長門はなんで俺たちのことを覚えていないんだ?」 「長門さんの記憶が封印されているためよ。初期化も考えたらしいけど 今まで蓄積していた知識なども考慮すると封印したほうがいいというのが 結論だったみたい。ま、私にはどちらでもいいけど。」 「封印・・・それでか・・・」 俺は空軍基地で長門に襲われた一件を思い出した。 「喜緑さんはどうなんだ?」 「あの人は特別ね。未だに穏健派に属していて、穏健派は各派の暴走を 押さえるのが目的なの。喜緑さんはいわば監査官ってところね。」 「喜緑さんだけは昔から立場が変わってないってことか・・・」 「そうね。でもなんであなたたちを助けたのかはわからないけど。まあ、 今回はここの情報を遮断フィールドで覆ってるし、助けに来ないと 思うけどね。」 「俺を殺すつもりか?」 「まあね。それが命令だし。人間最後まで片をつけないとね♪」 お前人間じゃないだろ・・・などと思いつつとりあえず絶体絶命だと言うことは 理解できた。 「それじゃ、私はまだ用事があるから失礼するわ。おとなしくしててね♪」 そういうと朝倉は闇に消えていった。 「ハルヒ・・・今頃どうしているだろうか・・・」 俺は悲嘆にくれながら月明かりが差し込んでくる窓のほうを見た・・・ あたしはキョンを救う鍵を手に入れるべくフォートマリン隔離施設へ 向かった。ディープスロートが用意してくれた偽のIDで難なく潜り込む事が できた。あたしはエレベーターまで行くと最重要フロアまで一気に登った。 フロアに着くとあたしは”氷雪学”の研究施設を目指した。その施設は すぐわかり、その部屋に入った。部屋に入ると”ガチャン”という音と共に ドアがロックされた。奥の部屋に入るには更にIDカードでの認証が必要なようだ。 あたしはIDカードを差し込んだ。その途端スピーカーから声が聞こえた。 扉の横に警備員が待機していた。 『名前は?』 「涼宮ハルヒ。」 『所属は。』 「連邦政府。」 『パスワードを。』 パスワード?そんなの聞いてなかったわ・・・わたしが考え込んでいると、 『パスワードを言ってください。』 警備員に怪しまれ始めていた・・・その時ある言葉があたしの頭に浮かび 上がった。 「純度調整」 そう言った瞬間、ドアのロックが開いた。あたしはドアの中に入り、 「ここに署名を」 と言われ、それに従い名前を書いた後目的の部屋に入っていった。 部屋の中は冷凍保管室だった。いくつかのケースが保存されており、 その中のひとつを探し出してケースから中の容器を取り出した。 容器を開けて中身を見るとそれは・・・宇宙人の胎児だった・・・ 「これが”源”・・・」 これがあればキョンが救える。あたしは容器の中身を元に戻すと 容器をダンボールに入れ、冷凍保管室を後にした・・・ ───待っててねキョン、今助けるわ! 俺は殺される・・・死刑執行を待つ死刑囚のような気分だった。 うなだれていると奥の方から小柄な人影がこっちにやってくるのが見えた。 「長門!」 そう、それはかつての、いや、俺は今でも仲間と思っている長門有希だった。 長門は俺の前に立ち無言でいる・・・俺を殺すのは長門なのか・・・?そう考えて いると長門が突然口を開いた。 「なぜ...あなたは私を知っているの...?」 「共に活動した仲間だからだ。」 「私はあなたと活動した記憶は無い...」 「それはお前の記憶が封印されているんだ!思い出してくれ俺を!」 「封印...?私は最初からこの記憶しか持っていない...」 「ちがう!それは情報操作されているんだ!お前は、俺の、俺たちの大事な 仲間なんだ!」 「なか...ま?」 「そうだ、無口で寡黙でそれでいていつもみんなを見守っていてくれていた 存在、それが長門有希、お前なんだ!」 「みんなを...見守る...」 そういうと長門は右手で頭をかかえた。 「お前はそんな命令しか聞かない人形じゃなかった。最初は無表情だったが 徐々に人間らしい感情を持ってきた、そんな女の子だったじゃないか!」 「かん...じょう...」 「思い出せ!SOS団で活動したことを!最初にお前と行った図書館のことを!」 「SOS団...図書館...」 そういうと長門は直立不動になり目を閉じた。 「封印シーケンス無効化。自律動作開始。これより自発的行動に移る。」 「長門・・・思い出してくれたのか!?」 「キョン...あなたに会いたかった...」 長門は目を開け微笑みながら涙を流し、俺を見た。 「俺も会いたかった、長門・・・」 「私は記憶を封印されていた。でも深層心理下ではいつもあなたを想っていた。」 「長門・・・」 「私はあなたを助ける。とりあえずここを脱出する。」 そういうと長門は俺が縛られていたロープを切ってくれた。と同時に、 「あらあら、長門さん裏切るつもり?」 闇の中から朝倉が現れた。 「裏切るのではない。元の自分に戻っただけ。」 「あなたは今昔の立場では無いわ。だから裏切りよ。」 「なんとでも言うといい。でも私は彼を守る。」 「ふふふ・・・あの時の再来かしら。でも今は私はあなたのバックアップ じゃないわよ。同等の機能を持つ!!」 そういうとあたり一面が砂漠化した。 「くっ、情報操作か!」 「私から離れないで。あなたを絶対に守ってみせる。」 「出来るかしらね・・・行くわよ!」 長門と朝倉の激しい戦いが始まった。朝倉のターゲットはどうやらまずは 俺らしい。俺に向かって執拗に攻撃してくる。それを防いで反撃する長門。 「あら、なかなかやるわね。でもこれはどうかしら!」 そういうと朝倉は俺たちの周りに電撃をまとった黒い球体をいくつも 出現させていた。そして一斉に俺たちに向かってその球体が向かってきた。 長門はその瞬間体を発光させて全部の球体の攻撃を受けた。 「長門!大丈夫か!」 俺に当たるのを防ぐために攻撃をもろに受けてしまった長門は、 体がボロボロになり倒れていた。俺は長門を抱きかかえた。 「大...丈夫。遮断フィールドである程度防いだ。」 「しかしもう体がボロボロじゃないか。」 「ボロボロでも...絶対にあなたを守ってみせる。それが私の使命。意思。」 「長門・・・ありがとう・・・」 「あらあら、焼けるラブシーンだこと。涼宮さんが見たらどう思うかしらね。 でも、次の攻撃で終わり。どうせ涼宮さんも後を追うだろうからあの世で見せ付けてあげて♪」 朝倉は右手のを俺たちにかざすと俺たちの頭上、周りに膨大な炎が出現した。 「これはもう長門さんじゃ防げないわよ。覚悟を決めることね。」 そういうと炎が一斉に俺たちに向かってきた・・・万事休すか! 俺は目をつぶった。しかし次の瞬間、炎は全て消えていた。 「どういうことだ・・・」 「まさか・・・あなたが現れるなんて・・・」 朝倉は信じられないと言う感じで俺の後ろを見ていた。振り向くとそこには 喜緑さんが立っていた。喜緑さんはすぐに俺たちのところへやってきて長門の 体を治してくれた。 「遅くなりました。長門さんがこの空間の隙間から連絡をしてくれたので ここが分かりました。間に合ってよかった・・・」 「喜緑江美里ありがとう。助かった。」 「いいんですよ、長門さん。あなたはやっと本来の自分を取り戻してくれました。 私はこのときを待っていました。彼や涼宮さんのために。あなたのために。」 「喜緑さん、どうして俺たちを助けてくれるんですか?」 「長門さんと共に朝倉さんと戦わねばならないので簡潔にお話します。 私の属する穏健派は現在の情報統合思念体の主流派の行動があまりに行き過ぎて いるという考えを持ち始めました。そこで涼宮さんやあなたを助けることで 主流派の暴走を食い止めようと考えたのです。」 「だからあの時長門に襲われた俺たちを助けてくれたんですね。」 「はい。さあ、時間がありませんキョン君あなたをこの空間から脱出させます。 その後は急いでそこから遠くに逃げてください。」 「わかりました。長門また負担をかけてすまん。これが終わったらまた会おう。」 「了解した。あなたも気をつけて。」 「では行きます。」 そういうと俺は情報統制空間から脱出した。 「さあ、朝倉さんあなたの暴走を止めさせていただきます。長門さん準備は いいですか?」 「いつでもいい。」 「くっ、まさかあなたが出てくるとはね・・・さすがに2人がかりで来られては 勝てないわ。今回は逃げさせてもらう。でもこれはお土産よ!」 砂漠化した情報統制空間中で連続して大爆発が起きた。そして情報統制空間は 消えた。 俺は廃工場の外に転送されていた。一刻も早くここを離れなくては・・・そう思うと とりあえず廃工場から全力で離れていった。と、その時! 『ズドーン・・・ズドーン・・・ドカーン───』 廃工場がいきなり大爆発を起こした。 俺は爆風で少し吹き飛ばされ倒れた。が、怪我もなかったのですぐに立ち上がり、 「長門───!!喜緑さん───!!」 大声で叫ぶも燃え上がる廃工場からは何の返事もなかった・・・ 「くそっ・・・せっかくまた会えたのに・・・」 燃え上がる廃工場を見ながら俺は涙を流しつつ拳を地面に叩きつけた。 だが、長門や喜緑さんの犠牲を無駄にしてはならない。そう考えると涙を拭き 立ち上がった。 「しかし・・・一体どこへ行けばいいんだ・・・」 そのとき、月明かりに照らされた人影から声が聞こえた。 「キョン君、こっちです!早く!急いで!」 その人影は・・・未来から来た高校時代の天使、朝比奈みくるさんだった。 「朝比奈さん、なんでここに!?」 「訳は後です。規定事項が迫っています。そこに涼宮さんもいます。私に ついて来て下さい!」 「わかりました、いきましょう。」 俺と朝比奈さんは急いでその場を後にして、朝比奈さんに指定された場所に 向かった。 その時俺は気が付かなかった、近くの物陰で監視されていたことを。 監視していた女性が無線機を取り、 「スネーク、彼が逃げました。そちらに向かっています。」 『もうすぐ取引が終わる。問題ない。』 「わかりました。気をつけて。」 『そちらもすぐに撤収しろ。以上だ。』 無線機の先の男は車のハンドルを握りながら一粒の涙を流していた・・・ あたしは車でディープスロートとの待ち合わせの場所に向かった。しばらく 待っているとディープスロートを乗せた車がやってきた。 「涼宮捜査官、例のものは持ってきたかね。」 「ええ、ここにあるわ。」 「じゃあ早く私に渡すんだ。」 「いやよ、あたしが直接交渉するわ。」 「いいかね、この段取りをつけたのは私だ。私でないと相手は信用しない。」 「そうね・・・わかったわ。」 あたしは持ってきた宇宙人の胎児をディープスロートに渡した。 ディープスロートは受け取ると車を少し先に進ませた。あたしは車に戻り サイドミラーを調節してディープスロートの車が写る様にした。その時 あたしの車の横を黒いバンが横切りディープスロートの車の横で止まった。 ディープスロートは車を降り、バンから出てきた男に宇宙人の胎児を手渡した。 と同時にディープスロートは男から撃たれた!!バンの男はすぐに車に乗り込み 走り出した。あたしは車を降りると、 「キョンは!キョンを返してー!」 と叫びながらバンに走って近づいていったが逃げられてしまった。追いつけない ことを確認するとあたしは撃たれたディープスロートのところへ走っていった。 「う・・・嘘でしょ・・・なんで・・・」 撃たれて倒れていたのはディープスロートではなかった。高校時代SOS団副団長、 古泉一樹君だった・・・ 「ハルヒー!」 あたしの後ろからキョンの声が聞こえた。振り向くとキョンがこっちに走って きていた。と、その後ろをみくるちゃんが追いかけて走ってきていた。 「ハルヒ大丈夫か?」 キョンが心配そうに話しかけてきてくれた。 「ええ、大丈夫。でもなぜみくるちゃんがここに・・・」 「訳は後で話す。で、どうなったんだ?」 「キョン、これを見て・・・」 俺はハルヒがどいた先を見つめた・・・そこには銃で撃たれた古泉がいた! 「古泉!何でお前が!?」 「ふふふ、ディープスロートの正体は僕だったんですよ。」 「ディープスロートの正体が?どうやって・・・」 「『彼ら』の技術を使って『機関』が開発した特殊偽装装置を 使いました・・・ぐっ!」 「喋るな、病院へ連れて行くから待ってろ。」 「もう助かりませんよ・・・だからここで話せるだけお話します。」 「なんで・・・なんでこんなことを・・・命をかけてまで・・・」 「僕は以前言いましたよね、『SOS団に危機が迫った時1度だけ機関を 裏切ります。』と。」 「だからって・・・こんな・・・こんなことってあるかよ・・・」 俺は涙を流しながら古泉を抱きかかえた。後ろではハルヒ・朝比奈さんも 涙を流していた。 「『機関』はすでに情報統合思念体の新主流派と接触を持っています。 ありとあらゆるところに根を張り巡らしていることでしょう・・・」 「それで『機関』のスポンサーがアメリカ政府になったのか・・・」 「まあ・・・そんなとこ・・・ろ・・・です。」 抱きかかえる古泉の命が弱くなっていくのを感じる。 「高校時代は・・・楽しかった・・・ですね。」 「ああ、今でも戻りたい気分だ。最初は嫌だったけどな。」 「世界で・・・我々だけですよ、あれだけの・・・楽しみを得られたのは。」 「そうだな。そのことを世界中のやつに自慢してやりたいよな。」 「SOS団に入れて・・・本当によかった・・・です。」 「俺もお前と会えて本当によかったよ。」 古泉の命が今まさに燃え尽きようとしている・・・ 「まさか・・・僕はあの人に撃たれるとは・・・思いま・・・せん・・・でした。 いいですか、涼宮さん、キョン君。これからは誰も・・・信じ・・・ては いけ・・・ま・・・せ・・・ん。」 そういうと古泉は息を引き取った・・・ 「古泉───!」 俺は古泉の体を抱え大泣きした。 「なんで、なんで古泉君がこんな目にあわないといけないの!? キョンどうなってるの!?」 ハルヒが俺に泣きながら問いかけてきた。 「ハルヒ、お前には話していないことがある。とりあえずオフィスへ 戻ろう・・・」 そういうと俺はハルヒの車に古泉をのせハルヒ・朝比奈さんと共に FBIのオフィスに向かった・・・ FBIのX-FILE課のオフィスには俺・ハルヒ・朝比奈さんがいる。 俺は今までのことを全てハルヒに話した。そしてハルヒは落ち込みながら、 「そう・・・やっぱり有希は宇宙人だったのね・・・いつかキョンが喫茶店で 言ってた3人の話って本当だったんだ・・・」 「今まで黙っていて御免なさい、涼宮さん・・・」 朝比奈さんが申し訳なさそうに言う。 「いいのよ、事情が事情だったしね・・・でも、なんで今日古泉君が 撃たれるのを止められなかったの!?未来からならわかるんでしょ!?」 「それは・・・」 「ねえなんで!?、みくるちゃん。なんで・・・」 ハルヒは涙を流しながら朝比奈さんに詰め寄っていた。 「よせハルヒ。古泉が撃たれる事は規定事項だったんだ。これが変わって しまうと未来まで変わってしまう。だから止められなかったんだ。」 「そう・・・よね。ごめんなさい、みくるちゃん。問い詰めたりして。」 「いえ、いいんです。私も止めたかった。でも・・・」 朝比奈さんも泣き出した。 「長門は記憶を取り戻し俺を助けてくれて犠牲になった・・・古泉は 最初から命の危険をおかしてまで俺たちを助けてくれた・・・失った ものが・・・大きすぎる・・・」 「キョン君・・・」 「キョン、でも有希はまだ生きているかもしれないわ。だって宇宙人 なんでしょ。しかも喜緑さんもいたんでしょ。」 「ああ・・・そうだな。まだ希望は捨てられないな・・・いや、またきっと 会える日が来る。」 「みくるちゃんはこれからどうするの?」 「わたしは本来の時空に戻ります。今回はキョン君のサポートとして命令を受けたので・・・」 「そう・・・また会えるわよね。」 「ええ。きっと。それでは涼宮さん、キョン君気をつけて。」 そういうと朝比奈さんは部屋を出て行った。もうこの時空にはいないだろう。 「キョン、真実ってなんなんだろうね・・・」 ハルヒがか弱く俺に問いかける。 「さあな・・・今はわからん・・・でもいつかわかるさ。」 「そうね。」 「今日はもう遅い。とりあえず帰ろう。」 「私はまだもうちょっと1人でここにいるわ。先に帰ってて・・・」 「わかった。あまり考えすぎるなよ。」 「ありがとう。キョン・・・」 俺は天井を向きながら考え事をしているハルヒを残し家に戻っていった。 俺は家に戻りベットに横になって色々考えていた・・・ 長門のこと、喜緑さんのこと、朝倉のこと、古泉のこと・・・などを。 考えながら、うとうとしていると突然電話が鳴った。 「もしもし」 『キョン・・・X-FILE課が閉鎖になることになったわ・・・』 「なんだって!」 『スキナー副長官からの直々の命令よ。私たちはバラバラに 転属になるわ。』 「そんなこと・・・許されるもんか!!」 『あたしは明日もう一度命令の取り消しを求めてみるわ。』 「俺も一緒に行くぞ。」 『ありがとう、キョン。あたしは絶対に諦めないわ、真実を求めるまで!』 「ああ、そうだな。死んでいった古泉のためにもな。」 『じゃあ明日またオフィスで会いましょう。おやすみ。』 「ハルヒ、おやすみ。」 そう言って俺は電話を切った。X-FILE課が閉鎖だと!これも真実に 近づきすぎたためか?俺はやりきれない気持ちで一杯だった。 未来は変えられないのか・・・いやきっといつかこの絶望の未来を 変えてみせる。その時まで俺はハルヒと共に戦う。そう決心した・・・ 最後に俺たちや同じように閉塞した絶望に襲われている人たちに1つの メッセージを送りたい。 ───Fight the future(未来と戦え) <終章・終> 涼宮ハルヒのX-FILES あとがき 涼宮ハルヒのX-FILESを応援してくださった方、ご覧になってくださった方、 支援してくださった方、本当にどうもありがとうございました。 涼宮ハルヒのX-FILESはとりあえず全5話で完結になります。 この各5話は参考ストーリーのシーズンがバラバラですが、一応本家シーズン1を想定 したものとなっています。 最初の発端は「スカリー役のキョンが朝倉に拉致されたら面白いのでは」と言うもの だったのですが、この拉致される本家X-FILESシーズン2からは国家による陰謀色が 強くなり、モルダー役のハルヒでは少々役不足になると考え、陰謀色が薄いシーズン1 のみを想定してSSとして書かせていただきました。 なお、本家X-FILESではシーズン1~6までで1つの陰謀話になっています。 涼宮ハルヒのX-FILESにおいては私の作成能力不足のためいくつか伏線を残す結果と なってしまいました(文章においても変なところが多いですが・・・)。 ただ、これらを回収するにはシーズン2以降の話をかなり書かなければならず、 かなり長くなってしまうため不本意ながら断念しました。 本家X-FILESでは陰謀の絡まない単発ストーリーがまだいくつかあります。 機会があれば短めな外伝としてそれらをSSとして書くことも考えています。 最後になりますが、ある一曲を紹介したいと思います。 それは日本でシーズン3が放映された際のエンディングテーマでTWO-MIXの曲である 「TRUE NAVIGATION」です。 この曲はモルダーとスカリーのお互いの信頼関係がテーマの曲ですが、 ハルヒ・キョンに当てはめてもまったく遜色が無い曲だと思っています。 私はシリアス版ハルヒ・キョンのテーマだと思いながら執筆中に聞いていました。 どんな形になるかわかりませんが、長編次回作が出来ましたらまた恥ずかしながら 発表させてもらいたいと思っています。 それまでは小粒な作品などをちょくちょく書きたいな・・・と。それでは。
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言うやいなやテーブルの真ん中に、俺達の目線程の高さでホログラムの正六面体(つまり正確な立方体)が現れた。 大きさは大体谷口の頭位で、『辺』が仄赤い光の『線』によって、『面』は薄いブルーで色付けされていた。 藤原はそれを一瞥もせずに、 「これは縦、横、高さによる三次元の姿だが、現在の世界は、まずこのような次元体系によっては作られていない」 「どういうこった」 「それを今から説明すると言っている」 ペン先を正六面体に向けて 「……次元というものがどのように変貌したのかを、今から九曜の作り出した立方体を用いて説明する。形というのは理論の塊だ。この正六面体の変化は、何が、どうなって、どうなったかを一瞬で表していく。しっかり見ておいて欲しい」 すると正六面体からは赤い『線』が消え、次に『面』が全部下方へと落下し、中に入っていた『光』が拡散した。そして『面』が一枚浮き上がり、立ち上がった姿で停止し、 「これが現在の世界を形成している理論の元となる概念だ」 「つまり、今は二次元だけしか存在しないってのか?」 「いや、これは二次元じゃない。単位で表すなら一になる」 「だって面じゃないのか。一次元は線だろう」 「これは面とは違うんだ」 「じゃあ何だってんだ」 「正方形だ」 ああ、なるほどね。屁理屈じゃねえか。 「屁理屈なんかじゃない。が、理屈でもない」 藤原はつぶさにテーブル上の正方形を指しながら、 「これは言わば『紙』のようなものだ。現在の世界は次元ではなく、これを基にした理論によって作られている」 「まさか、それこそが時間平面なのでしょうか? そして、この世界はそれが連なることによってつくられていると」 「当たらずとも遠からず、ってところか。これはまだ時間平面ではなく、その素体となる『平方時間体』だ。これを連続させることによって、僕たちの世界の姿が浮かび上がってくる」 テーブル上の『正方形』が一枚二枚と並んで数を増やし、何百枚にもなったところで全てがピッタリとくっつき、立方体を作り出した。 「これが現在の世界の体系だ。これは一見すると三次元に見えるが、この姿は『平方時間体』の連続によって作り出されている、いわば紙が束ねられて出来ている『本』のようなものだ。僕たちはこれを平方時間連続理論……称して〈STC理論〉と呼んでいる。そして、この理論の元となる平方時間体は次元とは異なる全く新しい概念の形だ。そのため、STC理論は言葉だけでは理解が困難なんだ」 ――なんかこの話、どっかで聞いたような気がするな……? 「そして『紙』に情報を与え、それを連続させることで現在の世界は作られている。これが時間平面理論であり、つまりこの世界はアニメーションのようなものだという話だよ。そして、アニメで主人公がトランプを引く場面があるとしよう。この場合、どんなカードを引き当てようとも、カードを引くまでの動作は変わらない。主人公がどのカードを引いたかというのが分岐点だ。この連続した情報のことをSTCデータ……この場合は、スクエアタイムチャプターデータの略称で呼んでいる」 STC理論に、STCデータ…………。 ――そうだ。四年前、二度目の時間遡行での七夕。あの時、長門が変えちまった世界について大人の朝比奈さんから説明を受けた時に出たワードだ。そのうち解る……それは、今だったのか。それに、 「なあ長門。お前は、世界がこんな姿になっちまってるってのを知ってたんじゃないか? 何で教えてくれなかったんだよ」 話しかける俺に長門はなにやら訴える眼差しで、 「……情報統合思念体には次元の変容は認識出来なかった。何故なら、時間や空間の概念が殆ど意味を成さない情報統合思念体にとって元々次元構造は不可知の領域であり、知る必要もなかったから。しかし思念体は現在の時間連続体である世界は偽であると理解し、物理法則は公理的集合論によって形成されていると判断していた。それは涼宮ハルヒの情報操作能力が矛盾した理論であったために既存の物理法則が崩壊し、公理を成さなくなったものが発生したため。しかし、無矛盾な公理的集合論の中にいる我々はその矛盾を証明する術を持たず、また思念体の性質上、数学以外の数学を用いての説明も出来なかった」 「つまり?」 「事情により知らなかった」 大変分かり易くてよろしい。だが、何で長門たちも解らなかったようなことを藤原は知っているんだ? 「TPDDの基礎理論の違いだよ」 藤原は俺と朝比奈さんを交互に見やり、 「……STC理論によって成立する時間平面理論を基にした時間平面破壊装置とは違い、時量子理論という理論によって僕たちのTPDDは駆動していたからだ。ちなみにこの二つのTPDDの基礎理論は、同じ人物から生まれている」 「つまり、ハカセ君か」 「ああ。川に投げられた亀を見た少年は、水面に広がる波紋を見てSTC理論を、そして、流れる川を泳ぐ亀の姿によって時量子理論を生みだしていたんだ。が、そんなことはどうだっていい。今から話す上での重要なポイントは、世界人仮説によって判明した現在の矛盾の正体……時空改変能力と情報創造能力、そして時空の断裂と『朝比奈みくる』の正体だ」 俺にとって亀の話は中々の衝撃的な出来事だが、 「確かに、それについて話を聞いた方が良さそうだな。時空の断裂以外が全く意味不明だ。時空改変能力と情報創造能力は別物だってのか? それに……」 俺は困惑の表情を浮かべっぱなしの朝比奈さんを見て、 「……朝比奈さんが、何だってんだ」 「まず、先程の次元体系が壊れた理由だが、あれを壊したのは誰だと思う」 相変わらず間髪入れずに話し出す藤原に、 「……涼宮さんでしょうね。そして、もしやそれが起こったのは……四年前では?」 古泉が割り入ってくる。よし、後はまかせたぞ。藤原は古泉に頷くと、 「そう。簡単に言えば、四年前に涼宮ハルヒは時空間を固定してしまったんだ。時間と空間を、断続的な平面へとね。この能力こそが時空改変能力であり、佐々木も持っていた能力だ。そして時空の『面』が『平方時間体』となって世界を作り出した。が、このままでは世界は成立しない。九曜が作っている『平方時間体』を見てくれ」 またもや正方形が現れ、 「これは僕たちの世界を構成していた『次元』ではない。しかし、STC理論で成立している現在も、以前と変わらない世界を維持している。それは、今まで世界を構成していた要素がなんらかの形で今も存在しているからなんだ。それがなんだか分かるか? 朝比奈みくる?」 「えう……その……」 怯む朝比奈さんをよそに、古泉が、 「……かつて世界を維持していた法則は、時の流れを操り世界を思うがままにし、情報や質量を生み出す一つの『力』に統合された。つまり、これこそが情報創造能力の正体なのですね? そしてその力は涼宮さんに付加され、彼女が時空を歪ませている原因となった。時空改変能力と情報創造能力が別のものであるというのは、つまりそういうこと……。なるほど、創造する力とは別の力が時空の隙間に発生する閉鎖空間を作りだしているから、情報創造能力を持たない佐々木さんにも閉鎖空間が発生していたのですか」 「そうだ。そして、時空の断裂は簡単だ。世界が次元によるものとSTC理論によるものとに分断され、過去と未来で時空が変わってしまったために、二つの間に非可逆的過程が発生してしまったんだ。一つ付け加えるなら、僕たちのTPDDが現在使用不可であるように、時間平面破壊装置は次元の中では成り立たない」 「そりゃ何でなんだ? 別に時間平面を破壊しないだけじゃないのか?」 「時間平面破壊装置が動作しないのは、単純にエネルギーの問題だ」 「えっ? エネルギーですか? TPDDにその概念はなかったと思いますけど……」 藤原はハァと溜息をつき、朝比奈さんを「うう」っと動揺させやがってこのやろう。 「僕たちのTPDDのエネルギー理論は永劫機関による無限のエネルギーが元で、時間平面破壊装置のエネルギー源は、情報創造能力によって生み出される無限のエネルギーだよ。次元にはその力が存在しないため、時間平面破壊装置は起動しないんだ」 ……待て、そりゃおかしいぞ。 「じゃあ朝比奈さんたちのTPDDは、能力が発現する以前にはどうやって動いてたんだ?」 「えと、そのぅ……わたしは実際に過去に行って任務を行っていたわけではないので……よくわかりません」 いやー藤原に言ってみたんですけどね。正直、朝比奈さんは良く分かってなさそうだったし。 それに、藤原は朝比奈さんについてさっき言い含んでいたよな? やっぱり、朝比奈さんには何かあるんだろうか。 「朝比奈みくる側の未来人は、過去になど行っちゃいないさ」 とんでもないことを言い出した。 「それより、まだ話しておくべきものがある。何故、僕たちは未来から時間平面破壊装置を使って現代まで来れたか分かるか? それは、僕たちの時間平面にも情報創造能力が存在しているからだ」 「……まさか、何百年もハルヒは生きてるのか?」 「それはない。情報創造能力は、涼宮ハルヒとは別の人物に移って存続しているということだが、それが誰なのかは不明だ。……これは相当危険な状況でもある」 何故だ、とは言わんがな。勝手に喋り出すだろうしさ。 という俺の予測どおりに、 「もし能力が勝手に消滅してしまえば、下手すると世界が崩壊する可能性がある。それにもし崩壊しなかったとして、能力発現以降と以前の世界が完全に分断されてしまうのは確かなんだ。こうなってしまっては、僕たちが過去に行けず、調整しなければならない歴史に干渉できなくなってしまう。だから、涼宮ハルヒの能力によって世界を調整した上で、能力を消す。つまり次元体系を元に戻さなければならないんだ」 「ああ、そうかい。大体今までの経緯は分かった。お前の話であと残ってるのは……」 ――ここでキョドキョドしている朝比奈さんについてだ。 「僕の未来はちゃんとした物理法則に基づいて成立している。おかしいのは、STC理論が影響していて、不明の情報想像能力が存在するという点だけだ。これは全ての未来の次元自体が変容しているからしょうがない。そしてこちらの未来の場合、次元理論に戻ったとしても不都合は生じない。が、朝比奈みくるの未来は違う。物質に依存しない世界など物理法則的に有り得ない。それは、エネルギーが無限であるから成立するんだ。つまりこれは……」 目を若干細めながら朝比奈さんを見つめ、 「――僕たちが正しい未来人の姿で、朝比奈みくるは《涼宮ハルヒが夢に見た虚像の未来人》だということだ。そうだろう? 朝比奈みくる。キミの未来はまだ理論的に色々不十分すぎる。だからは簡単な情報操作すら出来やしない。人型端末の情報操作能力は高次の理論であり、僕たちはそれに足る理論を持っているから、初歩的な情報操作なら造作もない。そして無意識概念集積体については解析が進んでいるため、それが作り出す位相空間にも干渉出来る。わかるか? キミは本来なら存在するはずのない未来人で、キミの規定事項は世界を崩壊させないようにしているだけの行動だ。キミの上層部は未来人の本質を理解しているから、例え自分たちが消える結果になろうとも僕たちに協力している……はずだったが、心の底は違ったのかも知れないな」 「そ、そんな……わたし……わたしは―――?」 蒼白しながら茫然自失とする朝比奈さん。俺だって気持ちは分かる。突然知らされるには衝撃的過ぎる内容だ。だがな…… 「……だからなんだってんだ」 「…………?」「……ふぇ?」 一驚したように俺へと視線を向ける未来人二人に対し、 「それこそ、意味のないクダラン話だ。そりゃ、ただ家族の中で一人の里親が違っているだけのようなもんだろう。確かに正直ショックではある……でもそれだけじゃねえか。俺たちがこれからやることは何にも変わらん。あんたらの未来に縛られない、自分たちの未来を作っていくことにはな。それに、俺たちは仲間なんだ。たとえ誰にどんな事情があろうが、全部受け入れてやるさ」 俺の言葉を受けた藤原はお手上げだといわんばかりのポーズを取り、 「……はっ。僕が言っているのは、その一人が家族を捨てて、自分の故郷に帰る道を選ぶかも知れないということだよ」 「…………わたしは、みんなと――」 哀しそうな目で訴えてくる朝比奈さんに見つめられながら、俺は、この朝比奈さんならきっとSOS団と共に歩む道を選ぶであろうと感じた。 少なくとも……大きい方ではなく、この朝比奈さんは。 「ふん……まあいい。とりあえず、僕が今回君たちに情報を渡したのは規定事項だ。それでなければ、わざわざここまで赴いてこんな席に着きはしない。が、佐々木。キミには言っておきたいことがある」 「なんだい?」 微笑みかけながら応答する佐々木に、藤原は予想だにしない言葉をかけた。 「……今回の騒動についてはすまないと思っている。悪かった。僕個人としては、キミには同情すら覚えるよ」 「それは何故かな? 同情されるいわれはないと思うがね」 あくまで明朗に答える佐々木に、 「……よく屈託もなくそんな言葉を吐けるな。キミは、涼宮ハルヒに彼を奪われたようなものじゃないか」 佐々木は目をつぶってふるふると否定の動作をし、 「それは違うと思う。臆病なだけだったゆえの僕の責任を、彼女になすりつけようとはてんで思わないね。それに、むしろ涼宮さんは僕を助けてくれたんだと思っているよ」 「何故だ?」と藤原は言い、俺たちもそう思いながら佐々木に注視していると、佐々木はにこやかに、 「涼宮さんには、自分の願望を叶える力があると言っていたね。そしてきっと彼女は、僕と同じ悩みを抱いていて、それを解決したいと思っていたはずだ。そのおかげで、僕はその同じ悩みを解決出来たんだと思う。こんな出来事でも体験しなければ、僕はずっと自分の悩みにすら気付かなかっただろうからね。肝心の彼女がまだ悩みの中にいるのが、むしろ心苦しく思うよ。キョン。涼宮さんを救えるのは、キミだけだ」 ……そうか。わからんが、もちろん助けるとも。 しかし、それは俺だけじゃないぜ。長門も古泉も朝比奈さんも、みんなでハルヒを守ってく。それに佐々木、まだ閉鎖空間でのお前との話も済んじゃいないしな。俺は列席した皆に提言するように、 「……もうここらで解散にしないか? 大体みんな話は終わったよな。古泉、俺と佐々木は二人で話しておきたいことがあるから、先に朝比奈さんと長門を連れて帰っててくれ」 「ええ。では参りましょうか。橘さんと周防さんもご一緒に」 スタスタと古泉に連れられて女性四人は席を去っていく。朝比奈さんは俺に深々とお辞儀をして、パタパタと駆けていった。……なんだかその集団、まるで古泉に騙された女性たちがこれからイカガワシイ場所へ連れて行かれているみたいだぞ。 とか思っていると、未だに残っている余計なヤツが、 「ふん。もうこれで僕とキミが会うことはないだろう。僕の規定事項はこれで終わった。あとは、君たちの規定事項に従うことにする。僕は、君たちが正しい未来を導くように祈りでもしておくよ」 じゃあ餞別がわりに一つ聞いておこうかと俺は、 「藤原。物質的なTPDDってのは、つまり俺たちが思い描くような分かり易いタイムマシンなんだろ? 一体そりゃあどんな形をしてるんだ? ひょっとして、アダムスキー型とか、ハマキ型だったり」 「キミの名前は……キョン太郎だったな。キミは浦島太郎でも読んでおくといい。あの御伽噺は時間遡行の話だ」 ここには三本毛お化けの親戚じみた名前のヤツはいないはずだが、もしこれが俺に言われた言葉であれば、俺は藤原と相撲を取らなきゃならん。……つまり、張り手くらわすぞコノヤロウ。 俺が藤原にビンタでもしてやろうかと考えていたとき、 「……そうだな、一つ教えといてやる。キミは鶴屋家の山である金属棒を拾ったはずだ。あれは僕たちのTPDDの中枢を成す部品でね。精神感応型独立回路制御装置という語感のもので、これは周防九曜などの人型端末を制御する際の髪飾りの材料になる物でもある。この金属棒の情報構成にはわずかな空白があるため、そこに情報を入力することで、人型端末を制御する媒体へと変化させるんだ。入力する情報は『花』の名前に圧縮され、花言葉の意味が金属棒には付加される」 ここまで言うと藤原は肩をすくめ、 「まあ、あれは自意識を持つ端末に付けた所で効果は期待できない。能力は制限されるが、自分で髪飾りを取ってしまえるからな」 背を向けて歩き出した藤原は、そう言いつつ手を振りながら店を去っていった。 ……思えば、アイツの話は俺たちの助けになるような内容が多かった気がする。 それに漠然とではあるが、長門や朝比奈さん、古泉たちが俺とのファーストコンタクトの時に語っていた、ハルヒについての見解がある意味で全員正しかった感じだ。しかし…… なんだ? 何か、妙に引っかかるものがある。藤原の話を良く理解しているわけではないのだが、それでも、俺の頭の中で組み合わさらないものがある。とても重要な―――― 「……解らんものを考えたってしょうがないな。なにかあるのなら、そのうち向こうからやってくるだろ」 そう自分に言い聞かせながら、何故か…… 俺には、眼鏡を掛けた長門の顔が思い浮かんでいた。 第四章
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これは「涼宮ハルヒの改竄 Version K」の続編です。 プロローグ 俺はこの春から北高の生徒になる。 そして明日は入学式だ。 担任教師からは「もう少し頑張らないときつい」と言われたし 親父と母さんは「もうすぐ高校生なんだからしっかりしなさい」と言われた。 はぁ、全く以って憂鬱だね。 さぁ、明日は朝から忙しくなりそうだし、もう寝るとするか。 睡魔が俺の頭を支配する寸前、何故だか「はるひ」の泣き顔が頭をよぎった。 なんであいつの顔が出てくるのだろう? 等という疑問も睡魔に飲み込まれていった・・・ とてもいい夢を見た様な気がする。 どうせなら、現実と入れ替えたいと思うような夢だった。 ん?どうして、夢だって分かるのかって? 何故なら、それは現実ではまずありえないことだったからな・・・ だから夢だって分かる訳さ。 どうやら夢というのは一番いいところで終わるものの様だ。 もう少し見ていたい気もするのだが・・・ 最近、腕がメキメキと上がる妹のボディプレスで俺は目を醒ました。 「妹よ、もう少し優しい起こし方は出来んのか?」 「だって、こうしないとキョン君起きないもんっ!!」 ふむ、どうやら中々起きない俺にご立腹の様だな。 俺が起きたのを確認すると足早に1階へと降りていった。 それを見送った俺は枕元の時計で時間を確認する。 そこで頭が一気に覚醒した。 ヤベッ、寝坊したっ!! 起こしてもらって寝坊してたら、そら腹も立つわな・・・ 妹よ、スマン。 「涼宮ハルヒの入学 version K」 俺は慌てて部屋を出て階段を駆け下りた。 が、その時足が縺れ、俺は豪快に階段を転げ落ちた。 母さんが慌ててリビングから出てくる。 「ちょっと、キョン大丈夫っ!?」 「いって~、初日の朝からこれかよ?ダッセー」 「そんなことどうでもいいわよっ!!それよりちゃんと立てるの?」 「あぁ、大丈夫だ。朝から騒々しくしてスマン」 そう言って俺は立ち上がった。 が、一瞬フラついて壁に手を当てた時、俺の腕に激痛が走った。 「っ痛!」 俺はもう片方の手で痛みが走った腕を押さえた。 「ちょっと腕見せてみなさい」 それを見ていた母さんは、俺の腕を心配そうな顔で見ていた。 「折れてはいないみたいだけど、一応病院に行った方が良さそうね」 「これ位なんて事無いから、大丈夫だ」 と言った俺は母さんにポカっと頭を殴られた。 「確かにただの打撲かもしれないけど、万が一って事があるでしょ?学校には連絡しとくからとりあえず支度だけはしときなさい」 「分かった。朝から面倒掛けてスマン」 「いいわよ。あたしが年取ったらいっぱい面倒掛けてやるんだから。覚悟しておきなさい」 この時ばかりは母親の強さというものが骨身に染みた。 「あぁ、幾らでも掛けてくれ」 「えぇ、そうさせてもらうわ。お父さん帰ってきたらすぐに病院に行くわよ。だからさっさと着替えなさい」 と言いながら俺の寝巻きを剥いできた。 「ちょ、自分で脱ぐからそれだけは勘弁してくれ~」 「何言ってんの?腕怪我してて自分じゃ脱げないだろうと思って手伝ってやってんじゃない。いいから黙って剥かれなさい」 前言撤回したくなってきた。 この人は間違いなく遊んでいる。 そこへ妹が興味を引かれてやってきた。 「何してるの~?」 「なんでもあr「あ、ちょうどいい所へ来たわ。キョンが腕に怪我したから寝巻き脱がすの手伝って」 「そうなの~?キョン君大丈夫~?」 それを聞いた妹は心配そうな面持ちで俺を見てきた。 あぁ、お兄ちゃん想いの妹を持って俺は幸せ者だなぁ等と思っていたら、妹は俺のズボンを引っ張り出しやがった。 ここから 「こ、こら、ズボンを引っ張るんじゃありません。」 「なんで~?ケガしちゃって大変なキョン君のお手伝いしてるだけだよ~」 もはやこの親娘を止められる奴なんかこの世に存在しない事を悟った俺は抵抗を諦めた。 「好きにしろよ、もう」 母さんと妹から強制ストリップショーを敢行させられた俺は無事北高の制服に身を包んでいた。 のだが、それだけでは終わらなかったのである。 現在、母さんは学校と親父に電話を掛けている。 俺はというと、テーブルに座り朝食にありつきたいのところなのだが箸を妹に拘束され、俗に言う「お預け」状態にあった。 俺は俺の箸を強奪して至極楽しそうにしている妹を恨めしい目で見た。 「お母さんが電話終わるまで待ってなさいって言ってたでしょ?」 いったい何なんだこれは?果てしなく嫌な予感がするぞ。 そして母さんが電話から戻ってくると俺の嫌な予感が的中したのだ。 「腕が痛くてご飯もおちおち食べられないキョンのために、あたし達が今日だけ特別に食べさせてあげるわ」 なんですと~っ!? 今、この人はなんて言ったの? って、俺が現実逃避している間に母の手により一口サイズにつまんだ白米が口元まで進攻してきていた。 っく、覚悟を決めるしかないのか? 「最近、キョンったら全然釣れないんだもの。こういう時しかキョンで遊べないもんねぇ?」 「うん、キョン君で遊ぶの久し振りだから楽しい~」 こいつ等、やっぱり遊んでいたのか・・・ 親父、早く帰ってきて俺を助けてくれ。 もう、あなただけが頼りだ。 その時、玄関の方から「ただいま~」と救世主の声が聞こえた。 グッジョブ親父!! と思ったのもつかの間だった。 「なんだ?怪我したっていうから急いで帰ってきたのに、随分羨ましい事してるじゃないか?」 「そう思うんだったら代わってくれ、今すぐに」 「キョンってば冷た~い、あたし達はもっとキョンと仲良くしたいだけなのに」 「キョン君は私達が嫌いなの~?」 なんなんだ、このアホアホ家族は・・・ 「分かった、分かったよ。有難く頂きます」 俺はヤケクソで母さんと妹から運ばれる朝飯を食い尽くした。 「美味しかった?美味しくない訳無いわよね~?」 「あぁ、美味かったよ。もうお腹いっぱいだ、色んな意味でな」 「そう?褒め言葉として受け取っておくわ」 俺の皮肉もどこへやらで母さんはどうやら満足したらしい。 はぁ、やれやれ・・・ 「じゃあ、そろそろ病院行きましょうか」 やっとか・・・長かった。 「おぅ、先にこいつと車で待ってるぞ」 「分かったわ~」 というわけで俺は今親父と二人、車内で母さんと妹を待っている。 「怪我はどうなんだ?そんなに酷いのか?」 「いや、ただの打撲だと思う」 「そうか、あんまり母さんに心配掛けるなよ。あぁ平静を装ってるが、内心はパニック寸前なんだからな」 また迷惑を掛けちまったな。 後できちんと謝ろう。 「あぁ、分かってる。これからは気を付ける」 「あぁ、そうしてくれ。あとたまにはちゃんと話もしてやれ。母さん寂しがってるぞ」 「そうする」 そうだ。普段は強気でいるけど母さんはその実とっても弱いんだ。 俺は母さんをどれ位傷つけたんだろう・・・ 図体ばっかで全然成長出来てないな俺・・・ その時、母さんと妹が車に乗り込んできた。 「ごめ~ん、お待たせ!!さぁ、病院へレッツゴー!!」 母さん、病院はそんなハイテンションで行くところじゃありませんよ・・・ その後、病院へ行って診察してもらった結果やっぱり打撲だった。 それを聞いた時の母さんの安心しきった顔を俺は一生忘れないだろう。 そんなこんなでやっと北高へ着いた。 もう式も終わっていて今はクラス毎にLHRが行われている時間だ。 俺は「もう式も終わってるんだから今日は休もう」と言ったら「ダメ。初日からサボリなんて許さない」と両親から最大級の威圧を与えられ今、受付に向かっている。 俺は片付けを始めている受付で自分の受験番号と名前を述べた。 「受験番号???の○○○○です。事情が合って遅れてしまったのですがクラスを教えて頂けますか?」 「はい連絡は受けています。○○○○さんのクラスは1年5組になります。座席表は教室の入り口に貼ってありますから教室に入る前に確認して下さい。本日は御入学おめでとうございます」 「はい。ありがとうございます」 俺はペコッと頭を下げると1年5組の教室を目指した。 教室のドアの前に立って自分の席を確認した。 どうやら、今教室内ではクラスメイト達が自己紹介をしている様だ。 その時、自分の後ろの席の奴の名前が「涼宮ハルヒ」と書かれていることに気づいた。 へぇ、あいつと同じ名前だなぁ、どんな奴だろ? もしかしてあいつだったりしてね? いや、そんなドラマ的展開はないか。 あいつは今元気でやってんのかなぁ?等と考えつつドアを開けた。 「東中出身。涼宮ハr「遅れてすいませんでした~」 ヤベッ、自己紹介と被っちまった。 とりあえず謝っておくか。 背後から怒りのオーラ出しまくってるしな。 なんか、今日は朝から謝ってばっかりだな、俺・・・ 「あ~、とりあえずスマン」 謝った途端、そいつはこっちを怒り120%で睨みつけてきた。 そこにはすっかり美人になった「はるひ」がいた。 いや、前に会った時も十分美人だったぞ。 今のはそれ以上という意味だ。 って俺は誰に説明してんだ? 俺が見惚れているとハルヒが聞いてきた。 「ちょっとジョン、なんであんたがここにいるのよ?」 おいおい、誰だよそりゃ? 「誰だ?そのジョンというのは?頼むからこれ以上変なあだ名は増やさないでくれ。はるひ」 「じゃあ、あんたはあの時の「あいつ」なの?」 「あぁ、久しぶりだな」 「ホントにね。ってか何であたしの名前知ってんのよ?」 あぁ、周りの目線が冷やかしモードになってきたな。 初日からこれはマズイ、色んな意味で・・・ 「それは話せば長くなるんだが、とりあえず後にしよう」 頭に?マークを浮かべているハルヒに手で周りを見るように促した。 ハルヒは満足出来ないという面持ちだったがとりあえず席に座ってくれた。 はぁ、とりあえず助かった・・・のか? 俺は、このクラスの担任らしい人に挨拶をした。 「遅れて申し訳ありませんでした。ただの打撲で済みました」 「そうか、それは良かった。しかし、打撲だからといって侮っちゃだめだぞ」 「はい、ご心配おかけしました」 「よし、じゃあ席に着け。今は見ての通り自己紹介をしてもらっている最中だ」 「はい」 そう言うと俺は自分の席に着いた。 「じゃあ、今来た○○○○には最後に自己紹介をしてもらう。悪いが涼宮もう一回頼む」 な、なんだって~っ!? まぁ、落ち着こう。 落ち着いてハルヒの自己紹介を聞こう。 「東中出身。涼宮ハルヒ。趣味は不思議探索です、以上」 なるほど、不思議探索ね。 って、不思議探索ってなんだ? 後で聞いてみよう。 こちらに向けられている怒りの視線の理由と一緒に。 そして、本来なら最後のクラスメイトの自己紹介が終わり俺の番がやってきた。 「○○中出身の○○○○です。一年間よろしくお願いしま~す」 なんともありきたりな自己紹介だと自分でも思う。 しかしながら、変にギャグキャラを気取って一年間そのキャラを演じ続けられる自信もない。 今日の予定は全て終わった様でSHRの後、本日は解散となった。 席に座ってボーっとしていると国木田が話しかけてきた。 「キョン、朝から災難だったみたいだね~」 「あぁ、全くだ」 ホント色んな意味で大変だったさ。 「キョン、この後はどうするの?」 さっさと帰って寝たい気もするが、ハルヒと少し話をしようと思う。 まぁ、そんな事を国木田に言えるわけも無く 「あぁ、ちょっと用事がある」 と誤魔化した。 「そうなんだ、じゃあまた明日ね」 「あぁ、じゃあな国木田」 国木田を見送るとハルヒの方に視線を向けた。 「な、何よ?キョン」 ちょ、お前まで俺をそう呼ぶのか!? 俺は「やれやれ」と言いながら溜息をついた。 なんとかやめてくれないものかと微かな希望を持ってハルヒに言った。 「お前も、俺をその名で呼ぶのか?出来たら勘弁してもらいたいのだが」 「いいじゃない。キョンの方が愛嬌があるんだから」 「はぁ、もう好きにしてくれ」 ハルヒの機嫌もどうやら良くなっているようだからな。 「そうするわ。でもホントに久しぶりだわ。キョンはあんまり変わってないわね」 あぁ、俺も朝に自分でそれを思い知ったさ。 「ははは、そうかもな。ハルヒはとっても綺麗になったな。一瞬誰か分らなかったぞ」 ハルヒの顔が段々赤くなっていく。 さて、俺は今なんて言ったんだろうな? え~っと・・・ うわっ、何恥ずかしい事さらっと言ってんだ俺!! 自分の顔が熱くなっていくのが分かる。 その時、ハルヒの携帯が鳴った。 と思ったら俺の携帯も鳴り出した。 発信は母さんか。 何の用だろうな? ハルヒが俺の方を見ているので俺もハルヒを見て無言で頷いた。 ハルヒが電話に出たのを確認して俺も電話に出た。 「あ~、俺だけど」 「あっ、キョン?もう遅いわよ、何してるの?今から昼ごはん食べに行くからさっさと出てきなさい」 「ん、分かった。今から行く」 「ちゃ~んと、ハルヒちゃんと一緒に出てくるのよ、いいわね?一緒に来なかったら昼はキョンの奢りだからね」 「おい、母さん何言t「プチ」 ツー ツー ツー 何で母さんがハルヒがいるって知ってるんだ? さっぱり、理解できん・・・ 隣を見るとハルヒが俺と同じような事を考えてる様な顔をしている。 俺はまた「やれやれ」と溜息をついた。 俺とハルヒは横に並びながら昇降口へと向かった。 昇降口を出ると、親父と母さんがどっかで見た事ある人と話をしていた。 誰だっけ?どっかで見た事あるんだよな。 あっ、あれってまさか・・・ 「キョン、どうしたの?」 一応聞いてみるか・・・ 「あれ、お前のとこの両親だよな?」 「うん、そうだけどそれがどうかしたの?」 だよな、道理で見た事あるはずだ。 「隣に居るのは俺の両親と妹だ」 「ふーん、そうなんだ。って、えぇ、な、何であたしの両親とあんたの両親が仲良く話してんのよ?」 「俺にもさっぱり分からん」 すると妹がこっちに気づいた。 まだ気付くな!まだ心の準備が出来てない!! 「あ~、キョン君達来たよ~」 「や~っと来たの。もう、ハルヒちゃん可愛いから2人の世界に入っちゃうのは分かるけど、少し位周りの事も考えなさいねキョン」 「ですよね~。でもキョン君もあんなに格好良いからハルちゃんが夢中になるのも分かるわ。あたしもあと20歳若かったらキョン君狙ってます」 等と俺の母さんとハルヒの母親が冷やかしてくる。 「ちょ、何勘違いしてるのよっ!?あたし達はそんなんじゃないわよ」 「「ふ~ん」」 「あ~もう!!黙ってないでキョンも何か言ってやりなさいよっ!!」 だめだ。相乗効果で手がつけられなくなっている。 「スマン、ああなると母さんは止まらないんだ。諦めてくれ」 「あんた、苦労してるのね。親からもあだ名で呼ばれてるし」 「分かってくれるか?」 「えぇ、あんたに送ってもらった日からあたしの母さんもあんな感じだから・・・」 「お互い苦労するな」 「全くね。でも、あんたとなら誤解されてもあたしは嫌じゃないけどね」 「え、それはどういう意味だ?」 「なんでもな~いわよっ!!」 そう言って走って行くハルヒの顔は心なしか赤かった。 俺はダブルマザーの元へ走っていくハルヒを追い掛けた。 その後、俺の家族とハルヒの家族とで合同入学祝いが執り行われた。 親たち曰く「祝い事は大勢でやるもの」らしい。 この現場をクラスメイトに目撃されてない事を祈ろう。 「高校生にもなって酒も飲めんでどうする~」 とハルヒの父親が突然絡んできた。 「いや、高校生だから飲んじゃいけないと思うんですが」 必死に抵抗していると、俺の親父まで悪ノリしてきた。 真面目なくせにノリだけはいいからな、親父・・・ ダブルマザーもアテにならないので俺はハルヒにSOS信号を発信した。 ハルヒはテーブルに置いてあった日本酒を一気に飲み干して親父達に言い放った。 「ちょっと、あたしのキョンになにしてんのよっ!?いい加減あたしに返しなさいよっ!!」 は、ハルヒさん、いきなり何を・・・ 親父達がポカーンとしている間に俺は腕の牢獄を抜け出し、慌ててハルヒの手を引いて部屋から脱出した。 俺は中庭に出るとハルヒを備え付けられたイスに座らせた。 こうしてるとあの時みたいだな・・・ あぁ、気まずい。何か話題を振らねば。 「どうしたんだ、いきなり?あんな事言うからビックリしたぞ」 「ん、ごめん・・・」 こうして見るとやっぱりあのときのハルヒだな。 そう思い、俺はハルヒの頭を撫でた。 ハルヒは恐る恐る顔を上げて俺を見上げてくる。 俺はそれに応えるように微笑んだ。 「もう、すっかり元気になったみたいだな。これでも結構心配してたんだぞ?」 「ホントに?ホントに心配してくれたの?」 「あぁ、ホントに心配したぞ」 「ありがと・・・」 突然ハルヒが俺に抱きついてきた。 俺は心臓が止まるかと思うほど驚いていたが、またハルヒの頭を撫でてやった。 ハルヒが俺の胸元から顔を覗きこんできて、愛しさのあまり我慢が出来なくなった俺はそっとハルヒの顔に自分の顔を近づけた。 ハルヒはそれに応えてくれたようで俺の首に両腕を回してきた。 そして俺は目を閉じて待っているハルヒの唇に自分のそれを近づけた。 「あ~、キョン君とハルヒちゃんがちゅーしようとしてる~」 突然の声に驚いた俺とハルヒはばっと離れて声がした方を凝視した。 そこには妹が指を指しながら立っていた。 「妹よ、そこで何をしている?」 「ん~とね、お母さん達がキョン君達帰ってくるの遅いから呼びに言ってきてって」 「そうか、分かった。今から行くから先に戻ってなさい」 「うん、分かった~」 妹が足早に中庭を出て行ったのを見計らって俺はハルヒに話掛けた。 「だ。そうだ。残念だが次回に持ち越しだな」 「そうね、ホントに残念だわ」 「仕方ない。戻るぞ」 「えぇ、そうしましょ」 と言ってハルヒは立ち上がろうとした。 が上手く立ち上がれず転びそうになる。 俺は「やれやれ」と溜息をつきながらハルヒを抱きとめた。 「大丈夫か?またおんぶしてやろうか?」 「大丈夫、歩いていけるわよ」 ハルヒは真っ直ぐ歩けないほどフラフラしていた。 仕方ない。またあれをやるか。 「なんなら、お姫様抱っこでもいいが?」 「そうね、そうしてもらうわ」 これは予想してなかった訳ではないが流石に驚いた。 ハルヒはしてやったりという顔をしている。 こりゃ、一本取られたな。 まぁ、いいか。 「よし、いくぞ」 と言ってハルヒを持ち上げた。 こりゃいかん、これはおんぶ以上に緊張する。 「スマンが、慣れてないから首に掴まっててくれるとありがたい」 ハルヒは俺の言った通りに首に両腕を回しながら文句を言った。 「自分からするっていったんだから、しっかりしなさいよね」 あぁ、なんか懐かしいな、このやりとり。 「おう、任せとけ」 部屋に向かってる最中ハルヒは俺に聞いてきた。 「ねぇキョン、あたし変われたかな?頑張れたかな?」 「お前が自分で変われたって、頑張れたって思うのなら達成出来てるんじゃないか?」 「うん、そうだよね。でもね、あたしを変えてくれたのも、頑張れるようにしてくれたのもキョンなんだよ」 「そ、そうなのか?」 びっくりだ。 俺なんかが誰かの役に立てるなんて。 「うん、そうだよ」 「そうか、それは光栄だね」 「だからキョン、これからずっとよろしくね!!」 「おう、こちらこそよろしくな」 部屋に到着するとみんなビックリしていた。 まぁ、当然だよな。 俺は腕からハルヒを下ろした。 残念そうに見えるのは・・・気のせいじゃないだろう。 ハルヒは何かを思い出したらしい。 ハルヒは制服のポケットからアイロンをかけたハンカチを取り出して俺に差し出した。 「キョン、これ返すわ。いままでありがと」 「ん、あぁ、これか。なんだったらずっと持ってていいぞ」 「ありがと。でも、もう必要ないわ。だって・・・」 「だって?」 聞き返すまでも無いな。 「これからはずっとキョンと一緒なんだからっ!!」 fin エピローグ(ver Hのエピローグ2の続き) 「ねぇ、キョン。さっきの続きしよ?」 「ん?あ、あぁ」 正直俺は混乱しまくっていた。 さっきのってのは、やっぱり料亭でのアレの事だよな・・・ あの時は、雰囲気やら勢いやらがあったが今は違う。 クソッ、どうする俺!? 今、してしまったら歯止めが利かなくなってしまうかもしれない。 俺達、正式に付き合ってるわけじゃないんだからまだそこまでしてしまうのはマズイだろ。 俺はふと、ハルヒの顔を見た。 俺は愕然とした。 そこにさっきまでの楽しそうなハルヒは居なかった。 代わりにいたのはあの日の泣いているハルヒだった。 「あ、その、ハルヒ?」 「そ、そうだよね。あたしはキョンの彼女でもなんでもないんだからそんなの無理よね。あたし一人で勘違いしてた。ゴメンね、無理言って・・・」 どうやら考えていた事が口から出ていた様だな。 俺のバカヤロウっ!!朝、気付いた事が何にも活かされてないじゃないか!! 今日の出来事を全部思い返してみろよ!! 今日、ハルヒは何度も告白してくれて俺はそれに何度も返事してるじゃないか!? あぁ、そうだった。 ハルヒは何度も勇気を振り絞って俺に想いを打ち明けてくれたのに、俺は一度も自分の想いをハルヒに伝えていない。 だったら、今の俺がするべき事は一つだ。 俺はハルヒの肩にそっと手を置いた。 ハルヒは驚いた顔で俺を見ている。 「ハルヒ、ホントにゴメンな。お前は何度も俺に想いを打ち明けてくれたのに、俺はお前になんにもしてやれてない。ホントどうしようもねぇバカヤロウだ」 ハルヒは黙って聞いてくれている。 「あの日からいつも頭のどっかにお前がいた。お前が望むならいつまでだって傍にいてやる。だから、ハルヒもずっと俺の傍にいてくれ。頼む」 ハルヒは、俺が言い終わると同時に抱きついてきた。 「キョン・・・キョン~、・・・ヒック・・・ホントに・・・・ホントにあたしでいいの?あたしなんかでいいの?」 ハルヒは俺の胸でわんわん泣いた。 「当たり前だろ?もう、お前以外なんて考えられない」 俺も涙で何も見えない。 俺はわんわん泣くハルヒを二度と離さないように、壊さないように抱きしめた。 「ハルヒ、好きだよ。愛してる」 「あ・・あたしも・・・グスッ・・・キョンを愛してる・・ヒック・・大好きだよ・・キョンっ!!」 ガキの恋愛だと笑われたって構わない。 俺はもう、生涯ハルヒを離さないっ!! 俺は、ハルヒの頭に手を回し、そっと俺の方へと寄せた。 ハルヒはこちらを向き、まだ涙がたっぷり溜まっている瞼を閉じて待ってくれている。 俺は自分の唇を、ハルヒのそれにくっ付けた。 たったそれだけの行為でこんなにも幸せになれる。 ハルヒの唇からハルヒの想いが流れ込んでくるようだった。 どれ位していただろう・・・ お互いが自然に唇を離し、その余韻に浸っていた。 もう一度と唇を近づけた時、ドア越しに会話が聞こえた。 なんだ?と思っていたらハルヒと目が合った。 どうやら、ハルヒにも聞こえるらしい。 俺とハルヒはそーっとドアに近づき、聞き耳を立てた。 「・・・・・ルヒちゃんはうちのにはもったいない位です。」 「ホントよね。キョンにはもったいないわ」 「そんなこと言わないで下さい。キョン君以外の子にハルヒを上げる気はないんですから!ね、お父さん?」 「そうですよ。十分ハルヒと渡り合っていけます。あの子が私以外の異性であんなに楽しそうに話すのはキョン君だけなんですよ」 「そう言ってもらえると光栄です。これからもうちのをよろしくお願いします」 「あたしからもよろしくお願いします」 「「こちらこそ」」 ハルヒは肩をワナワナさせている。 どうやら大変ご立腹の様子だ。 無論、俺も例外ではないのでアイコンタクトを取ると一緒にドアを物凄い勢いで開けた。 「「さっさと寝ろ~っ!!雰囲気ぶち壊しだ~っ!!!!」」 この後、親たちから散々からかわれたのは言うまでも無い。 はぁ、やれやれ fin エピローグ2 後日談 「そういや、なんであの時ハルヒの両親と一緒に居たんだ?」 俺はふとそんな疑問を母さんにぶつけた。 「あぁ、あれ?とりあえず気分だけでも味わおうと思ってみんなでブラブラ校門の辺りを歩いてたら会ったのよ」 「へぇ、そうなのか?」 「うん、そうなのよ。まぁ、初めから一緒に入学祝いをする計画だったんだけどね」 「ふーん。って、あの時初めて会ったんじゃないのか?」 「違うわよ?えーっと、そうね。もう、3年位の付き合いになるかしら」 「何をどうしたらそうなるのか教えてもらいたいもんだ・・・」 「いいわよ、教えてあげる。あれは、たしかあんたがハルヒちゃんを送った3ヶ月後くらいかしらね。お父さんと買い物に行った時偶然会ったのよ」 何なんだ・・・この因果律は? 「で、そのまま一緒にお昼ご飯食べて仲良くなったわけ。どう?分かった?」 「あぁ、理解した。で、なんでそれを俺に隠してたんだ?」 「だって、親が横槍入れたら上手くいくものも上手くいかなくなるでしょ?」 「なるほど。って納得いかん。って事はあれか?同じ高校に入る事も事前に知ってたのか?」 「もちろん!!でも、まさか同じクラスになるとは思わなかったわ」 そりゃそうだ。そこまで操作出来る訳がない。 「もうあれね?これは運命よね?キョン、あんたハルヒちゃんとチューしたんだからちゃんと責任取りなさいよ?」 「あぁ、そうする」 これからもお互い苦労しそうだ。ハルヒよスマン。 「あぁ、早く孫を抱きたいなー。あたしはハルヒちゃんそっくりの女の子がいいわ。キョン頑張ってね」 もう何を言っても聞きそうにないな・・・ はぁ、やれやれ・・・ fin 涼宮ハルヒの入学 version H